GABAN-ブラックペパー を描く

GABANのブラックペパーを描いてみた (CG)

前々回、このブラックペパーの途中までを公開した。完成作がこれ。なんだかんだと忙しく、気持ちが切れそうだったが、何とか仕上げまでこれた。GABANのこのシリーズは本当に目にキツイ銀色の袋だ。描いていると反射で目が痛くなるが、反射させないことにはこの金属的な光沢感は表現できない。技術的だけでなく、生理的にも厳しいモチーフと言わざるを得ない。

そんな厳しいモチーフだが、それがしかしこのGABANのパッケージの魅力でもある。透明なもの、光沢のあるものはみな魅力的だ。両方をほどよく兼ねたものが宝石だ、といえば誰もが魅かれるわけが納得できる。

眼には悪いが、あと数回は「銀紙」を描くつもりだ。できれば見なくても描けるくらいになるのがいい(単体の「サランラップ」を描くほどの「勇気」はまだ無い)。見ずに描ければ“健康被害”も無いからね(これは冗談)。透明なやつもあと数回は、たとえばガラス細工とか・・・。金色も、ステンレスとか何枚も重ねたラップなども候補だ。だんだん欲が出てくる。けれど、こんなの描いたって(技術的な興味以外には)意味ないかも――なんて考えちゃダメだな――油絵だって、水彩だって、ピカソだってレオナルドダヴィンチだって、面白かったらやればいいし、結局は面白かったから描いたまでだろう。

14世紀フランドルの画家、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンが「キリスト降架」で、慟哭するマリアの「透明な涙」を描いたときの、他の画家たちへ与えた衝撃をいま追体験することは困難だ。その衝撃が17世紀のフェルメールに繋がり、レンブラントに繋がり、19世紀ドラクロアから印象派につながる「津波」だったことは、当のロヒールだって想像もしていなかったに違いないから。―――余計なことは考えないことにしようっと。興味がなくなるまで描けばいいだけのこと、なのかな。

投稿者:

Takashi

Takashi の個人ブログ。絵のことだけでなく、日々思うこと、感じることを、思いつくままに書いています。このブログは3代目。はじめからだと20年を越えます。 2023年1月1日から、とりあえず奇数日に書くことだけ決めました。今後の方向性その他のことはぽつぽつ考えて行くつもりです。

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