蓮の池

    「蓮の池」 水彩

クーラーで風邪を引きかけ、ここ数日は今ひとつ体調良くなかったが、やっと調子良くなり、久しぶりの自転車散歩に出かけた。いつものコースにある池には満開?の蓮の花。このスケッチを描いたのは一週間前だが、今日はこの10倍くらいの数の花が咲いていた。

俵屋宗達に「蓮池水禽図」という国宝の水墨画がある。「蓮池」がどんな表現だったか、俄かには思い出せないが、「鳰」の簡潔な筆さばきは、さすが宗達、やはり国宝に値すると感心したものだった。―水禽かあ。この池にはときどき鵜もいるが、なかなか写真さえ撮れない。鴨でもいいがまだ描いたことはない。

自然の匂い

      「時化の日」 水彩

自転車で散歩に行くと水や草の匂いがする。夏に近づくにつれ、その水の匂いの中に濁ったものが混じり込んでくる。現代は「無味無臭」が誰にも不快感をもたらさないと重宝されるようだ。あるいは「統計化」された “爽やかさ” 。わたしはたとえ不快なものが混じり込んでも、それを「自然」の一部と思う派である。

ときどき、潮の匂いがたまらなく恋しくなる。海辺の匂いも決して好ましいものばかりでなく、打ち上げられた海藻も、暑くなればやはり同じように腐臭を発する。磯周りなど、あらゆるところに微妙な生き物がいて、それぞれにそれぞれの匂いを発する。同じ海水であっても、潮だまりと外洋とでは深山と田んぼほど違う。
 決して “かぐわしい” だけではないのだが、それらを含めて “海の匂い” が恋しい。

時化の日。ウミネコは飛ばずに風をよけて佇んでいる。ウミネコはカモメより一回り小さく、風に向かって飛んでも全然進まないのを見ると、つい笑ってしまう。カモメは悠々と空を飛びまわる。
 アンヨが黄色いのがウミネコ。カモメは赤。この絵では風はそれほどでもなさそうだ。もう少し風が強まれば、皆いっせいに風の方向に頭を揃えるはずだから。

コセンダングサ(小栴檀草)の憂鬱

「小栴檀草(コセンダングサ)」
コセンダングサ。黄色の筒状花の縁に小さな白い舌状花がある

日本全国の今年の気温データをみると、2026年5月に入ってからすでに「真夏日」が何度も報告されています。それは、これまでの “異常気象” が “普通” に代わりつつあるということでしょうか。もしかしたら、日本人は主食のコメを、バナナに替える日が来るんでしょうか。

ほぼ日課になってきた自転車ウォーキング。その途中で気になった植物、動物を自転車から降りてカメラで撮ることが増えてきた。研究などするわけではないが、自然に触れることの少なくなった生活の中で、なんとか自分の身体感覚と季節感との接点を維持したいという思いがある。

先日、ジシバリ(地縛り)の写真を撮った先に、気になる植物が、舗装路の割れ目から20センチほど立ち上がっていた。「何だろ?」とグーグルレンズで検索すると「センダングサの可能性が高い」という。間違いでしょ?と思いつつ、あらためて写真を撮って帰宅したが、なぜかピンボケで判定できなかった。

気になったので、夕方あらためて確認しに行った(向かい風で大変だったんだよ)のに、それが見つからない!どうして?何度も何度も探しながら歩き直しているうちに、なんとか別の個体を見つけることができた(ちょうどその場所に軽トラが停まっていて、見られなかったのだった)。
 結果として、「コセンダングサ(別名:ひっつきむし)」という判定は正しかった。が、ウィキペディアで見ると、花期は8~9月。つまり、「秋の草」なんだ。そう、そこが気になってたんだよね。ちなみにコセンダングサは「ひっつきむし」。棒状の実に、かぎ爪状の棘がついていて、それでよく靴ヒモなどにひっついてくるアレです。
 ということは、植物側からみるとすでに「夏真っ盛り」どころか、「もう秋」ってことなんだろうね。なのに個体的成長がそこまで追いついていないってことは、植物側から見ても季節感の「想定外の早さ」に追いつけてないってことじゃないですか?今年の夏は、電機、電力業界が云うエアコンの「2027問題」より怖いよっていう、警告じゃないんでしょうか?