こどもの日、大人は戦争おバカさん

         「芍薬・Syaku-yaku」 水彩

今日は昨日の強風に比べたら、穏やかの一語(北海道、宗谷地方では強風猛吹雪とかの予報だった。ごめんなさいね)。アメリカや中国に比べて「日本は小さい」というけれど、沖縄は昨日梅雨入りしたし、この気候の変化を見るだけでも決して日本の国土は(相対的にも)小さくない。

今日は「子どもの日」。戦前は「端午の日」といい、子どもの日ではなく、「男の子」の日であったのはご存知の通り(「女の子」の日は三月三日)」。
 NHKでは判を押したように「鯉のぼり」のニュースが流れていた。戦前もこの日は鯉のぼりを上げることが “おススメ” だったらしいが、家父長制のもとで「大きな鯉はお父さん。小さい緋鯉は子どもたち」と学校唱歌にもあるとおり、「お母さん」は単に「産み、育てる」だけの「裏方」で、歌詞にも現れなかったこともまた、ご存知の通り。その家父長的視点の根深く広いことが、今になって少子化対策で慌てふためく政治の遠因になっているんですよね、きっと。
 息子は数年ぶりに(支度を自前で整え)、友人と「登山」に行った。山が好きになってくれたようで、ちょっと嬉しい。また家族で山登りできる日が来るといいなあ。
 
 芍薬は「薬」という名がつくことから察しがつくように、平安時代に、特に婦人科の「薬用植物」として移入されたものらしい。花言葉は「恥じらい」「思いやり」。女性が好きな人の前でほんのり赤くなることが由来らしい。英語でも blush like a peony (芍薬のように赤らむ)という言い回しがあるそうです。芍薬はわたしも大好きな花の一つで、これまで何枚も描いたことがありますが、この美しさの前にはいつもプレッシャーを感じます。でも、それが全然嫌じゃないのが、この花の特別なところ。「思いやり」のせいでしょうか。

ニュースに出なくなったけど、中東のガザはいまどうなってるんでしょうね?アフリカのマリ共和国での戦争なんか、NHKはじめ、国内メディアではニュースの話題にもなりませんけど激しくなっていて。それが回りまわって、いずれは台湾問題までつながりそうな気がするんですけど。
 自国の旗を揚げたい国ばかりの中、五月の風に泳ぐ鯉のぼりは(ともかく)平和の象徴のようですが。

アップロードしました

昨日(土曜日)アップするつもりで、ここ数日必死だったのだが、結局間に合わず今日(日曜日)の正午になってしまった。意志の弱さもあるけれど、なにより編集を含むコンピューターの知識が無さ過ぎる。

でも、それを一から勉強、なんてとても無理。まッ、しょうがねえや。

ビデオ編集のソフトもそうだけど、アップデートするたびにAIなんたらが、かならずというほどくっついてくる。そいつが、何かやろうとするたびに “要約→” とか “○○しませんか?” って、いちいちウッセーんだよ!こうやって手を差し伸べるふりして、とにかく個人情報と商品(ソフト)の機能向上のためのデータ取得を狙っているわけだ。機能向上は確かに利用者のプラスにもなるけれど、シンプルに、黙っててくれよ、という気持になる。
 毎回イヤになるほど、一本作るのにかかる負担は大きい。だから、お付き合いでも最後まで見てね。オネガイします~。

アイリス

           {ジャーマンアイリス}  水彩

アイリスの咲く季節になった。いつもの散歩コースに着く前にも、いくつもジャーマン・アイリス、あやめの花立を見る。

ジャーマンアイリスを描いてみた。もう何度も描いているが、気に入ったものはまだ。菖蒲(あやめ)を絵にするとき、その時だけちょっと勉強する。季節がすぐに変わるから、それにつられて興味も移ってしまう。

あやめと菖蒲(しょうぶ)と杜若(かきつばた)。ジャーマン・アイリスとダッチ・アイリス(オランダ菖蒲)の区別は、今ならできる。来年までにはもう忘れているだろうけど。杜若はまだ見ていない。
 子どもの頃、お風呂に浮かべられた菖蒲の葉を「どうしてこんなのがお風呂にあるんだろう?」なんて、不思議に思ったことを思い出す。

生きていて、楽しいと思うことがほとんどなくなってきた。そういう歳になってきたというだけのことかもしれないが、絵を描いている時だけは自分の課題に集中、追求できる。