何が描いてあるのか

「カンパネラのある静物」  水彩

絵には実際に現物を見なければ分からないところがたくさんある。一方、近くで現物を見ることで、かえって見えなくなるものもある。

写真や印刷物では見えないものは細部。たとえば、遠くから一様にぬられているようにみえる油絵の、間近でしか見えない筆の動き。右からか左からか、その早さなど。ロープを張って、絵に近づかないよう制限する展覧会もある。作品保護の観点からは確かに仕方ない面もあるが、そこを見たい人、そこが見える人にとってはじれったい仕打でもある。

そうやって現物を見るとき、逆に見えなくなるのは、作者の意図のようなもの。近くで見ると作者のテクニックがアクティブ過ぎて、彼らの冷静な計算が見えなくなる。感情的な身振りの陰に隠れた、周到な配置など。これはずっと後になって、画集などで何度も見返しているうちに、「もしかしたら」と急に見えてきたりするもの。作者の軽い “めまい” のような何かも、その時は分からない。

具体的に何が描いてあるかは、鑑賞者にとって、重要だが不可欠なものではない。それを描いている「作者の姿」、そこに描かれている「作者の計算」を見るものだから。
 「魂は細部に宿る」という名言がある。ことさらな細部など無さそうな絵にも、隠れられない作者の姿はあるのである。

白の用法-終了

           「紫陽花」   水彩、アクリル
アクリルとの併用部分

水彩で白を使う用法をまだ少し探求中だが、ほぼ結論が出てきた。上の写真はスタートを水彩だけで始め、下ではアクリルを併用したもの。

絵としての出来は正直言うと見せたくない。でもまあ、このへんが実力ということで。スタート時はあまり最後のことまで深く考えず、顔の色を背景と無関係に描きだしてしまった。このまま水彩で進めると赤系の陰が浮き上がってしまう、という失敗のケース。

そこを、アクリル系の白をやや厚めに塗ることで、肌の赤みを隠蔽できる(水彩で青みも加えた)、というのがポイント。しかもガッシュや水彩のチャイニーズホワイトなどと違い、その上に水彩絵の具を重ねても、“溶けて濁らない” のがミソ。多くの人にとってはたぶんこちらの方がずっと使い良いはず。テンペラもいいけれど、「乾燥時間」のズレが問題。

水彩の白を混ぜて、一発で狙いどおりにパステル調の色を作れる人にとっては、面倒くさいだけのことではあるのですが。

あやめの秘密

「あやめの秘密」  水彩*アクリル ホワイト・アイビス紙

この絵を描く動機は、あやめの紫にどんな白をどう使うか、というテスト。「白」を中心に考えると、透明水彩や水墨画などは、もともとの紙の地色を「白」と「仮定して」描く技法。それを「仮定」ではなく、実際に白として使うのが「不」透明水彩(ガッシュ)やテンペラ、アクリル、日本画などの水性絵の具や油絵などの不透明技法。

透明水彩をベースに、一部だけ白を使ったら表現の幅が広がるというか、ラクに描けそうだというのがテストの中身。この程度のことは誰でも考え、すでにやっているのは知っているが、もう少し深く突っ込んでみたいと思った。

この習作の前から、「水彩+テンペラ」という方法で何点か試していた。併用の合理性は高く、効果も期待できるのだが実技が難しい。水彩は油絵に比べると乾燥が遥かに早く、制作の直感性、スピード感が生命、というところがある。テンペラは一見乾燥が水彩並みに早く見えるが、完全乾燥は油絵より遅いといわれている。そのギャップを手早い作業で乗り越えるのが至難だ。時間をかけて描くタイプの人には向いていると思う。
 というわけで、テンペラ以外の素材を研究中。ここでは単純にチャイニーズホワイト(亜鉛華)を使った。最も一般的なやり方で、やっぱり一番簡単だと再確認。小さい部分ならこれでよい。周囲の白はアクリルのモデリングペーストライトとチタニュウムホワイトの混合。ザラザラ感は下地の紙による。

ところで「秘密」ってなんでしょうね。誰にもはっきり見えているけれど案外気がつかない、それがヒントです。あやめの「綾」のことではありませんよ。