風光る

真っ直ぐな一本の道風光る。正面に富士山が見えるのですが・・
木々の芽吹き。モンドリアンの絵「リンゴの木」のようだ
カラスノエンドウ。秋に黒い実をつけるので、この名がある

「風光る」は俳句では春の季語。
 風光る海峡のわが若き鳶  佐藤鬼房
そういえば、散歩道で鳶(とび、トンビ)の声を聞いた。鳶は海辺や大きな川の河口付近には多く、こんな内陸には比較的少ないが、ここも東京湾からせいぜい数十キロ。たまにユリカモメも見かけるくらいだから、鳶がいてもおかしくはない。ただ、「声はすれども姿は見えず。」

毎日同じ散歩道を通っても、毎日新しい発見がある。モノでなくても、自分のこころに新しい感覚があることも、ずっと忘れていたものをふっと思い出すこともある。
 そんなとき、俳句を作る。上手くできず、五、七までで止まっても、そこだけスマホにメモしておく。あとで十七文字になるかもしれないから。

先週はオオアラセイトウ。それはいま真っ盛りだが、正月から咲いているホトケノザも全然衰える気配がない。強い草なんだなあ。春の七種(ななくさ)に入れられている意味が分かる。今週はカラスノエンドウ。小さく可憐な紫の花、羽毛型の葉、そして髭蔓。これで一句できた。

「鯉の乗っ込み」も既に見た。例年より半月は早い気がする。今年の夏はたぶん“酷暑”もしくは“炎暑”。気象庁はこれまで35℃以上の日を「猛暑日」としていたが、それでは足りない、ということで40℃以上の日の呼び方を3月29日まで募集していた。どんな名称になるかな。わたしなら「地獄日」かな。良くても「昇天日」。まあ、死ぬほど暑い、ってことだけど、野の植物はむしろ我が物顔になるだろう。サボテンのデザインに感嘆する夏が来る。

椿を描く

椿を描く
       「髪を切りました」  水彩

温かかったり急に寒くなったり、まさに「三寒四温」そのものだが、それに翻弄されるようになってきたのか、ここ一週間ほど風邪気味?でウォーキングも休みがち。そのせいか、かえって腰の具合は良くなった。運動(不足の意識過剰だった?)のやり過ぎだったんだろうか、とも考えた。

どこも椿が満開だ。巷では桜の満開が話題の中心のようだが、椿も、かなり早い時期からいろんな種類の椿がリレーのように次々と咲き繋いで目を楽しませてくれる。桜も満開より少し前の、今の時期の桜の方が風情がある、とわたしは感じる。「桜雨」という美しい言葉もある。ピッタリの情景に出くわすと、思わず体が震える。

ときどきスケッチをしていた関宿城近くの大きな辛夷(コブシ)の木は、数年前にまるで恐竜の骨のようになって枯れた。その姿にもなにか心を打たれた。知らぬ間に白木蓮も終わりに近づいている。絢爛豪華な満開の梅や桜の美も認めるが、ひっそりとした静かな美に心惹かれる。

花を待つ

              「花祭り」のためのエスキース  ペン、色鉛筆
地域に住んでいる?外国人たちがコスプレを楽しんでいた

今朝は温かい朝を迎えた。生温かいと言った方が実感。先日近くの公園へ行ってみたら、早咲きの桜はたくさん咲いていて、「本家」のソメイヨシノもうっすらとピンクを帯びていた。もう開花間近だ。

皿洗いなどすると「水温む」という、俳句の春の季語を実感する。「卒業(式)」も「入学(式)」も春の季語だ。同じく「新(入)社員」も春の季語。人生の節目になるかもしれない時期を迎えた人も多いだろう。こんなのんびりした気分で出て行ける世の中になって欲しいと願う。