桜満開、花吹雪

アトリエで花見

満開の桜は外だけではない。見よ、この華麗さを。まさに今が盛り。少し床に散っているが、動かすたびに枝が擦れあって無理やり落としてしまったものがほとんど。花はまだしっかり枝について、絢爛豪華。

どこかで、こっそり枝を折ってきたのではないかとのご心配無用。教室のSさん宅の桜の太い枝が折れ、一部が繋がったまま満開を迎えたのが勿体ないと、そこからさらに2本折り取り、持参してくれたもの。お陰様で毎日が花見(絵を描くのには少し邪魔だが)。

昨日は東武動物公園がチャリティーだけで入園できるというので、妻など動物を見に行った。私も迎えに行きながら、30分ほどホワイトタイガーなど見た。運動不足解消で一石二鳥。それにしても暑かった。

動物公園内も、そこへの道沿いも、どこもかしこも満開の桜で溢れている。けれど誰も、飽きたとも、もうウンザリとも言わないのが、桜の桜たるゆえんか。当たり障りのない、日本人的な存在感の薄さと、もうすぐ花吹雪となり、(少なくとも一年間は記憶からも)消えていく儚さが、自分たちに重なって共感するからかもしれない。

二(ふた)呼吸する

制作中

絵を描くことは気持ちいい。一度中断を経ると、あらためて神経が春の草木の芽のように広がって行くのを感じる。

ある人は身体を揺するだろう。それがダンス。ある人は思わず声を出すだろう、それが歌であり、詩なのかも知れない。絵もダンスに近い。身体から萌え出る何かが、色を選び、形をとるのが絵なのだと、つい感情的に結論づけたくなってしまう。でも、とりあえず、再び一歩踏み止まって、深呼吸することにしよう。

一呼吸したら、もう自由だ。その時心の中にあるものが、だれにとっても大事なことだ、きっと。

 

蟻のままで

 

小さな世界ではあるけれど

♪蟻のままで、蟻のままに〜♪ もちろん「ありのまま=在りのまま」 で、ヒットした「アナと雪の女王」のテーマ曲。でも、聞いていると、ディズニーなら「蟻の姿のまま」でもいいような気がしてくるから不思議。

蟻と蜂はよく似ている。蟻はアシナガ蜂やすずめ蜂から分岐したもので、これらとは蜜蜂、マルハナバチなどよりも近いのだそうだ(ちなみにシロアリはゴキブリの仲間)。

蟻の女王なら、栄光か死あるのみ。挫折から這い上がるなんてことはないようだ。日本なら10〜20年が女王の寿命だが、世界では50〜100年になる種もあるらしい。「蟻のままに」で、正解なのかも知れない。