残り1/2の発想

「椿」のための習作(途中)

今日から4月。4月はとても忙しい。そして実際以上に気忙しい。ある時、たまたま列車に隣り合わせた研究者(「自殺」の専門家)によると、東北では3,4月に自殺が多い傾向にあるそうだ。そういえば、ある人の場合も3月だった。

モデルは「空港」のエスキースに使ったのと同じ資料から。こういった資料の使いまわしはズルいのではなく、むしろどんどんやった方がいい。モデルやポーズの扱いに慣れてくるし、慣れるにしたがってむしろ想像の域が広がっていくものだ。ポーズなど、見ないでも描けるくらいに頭に入らないと、創造力の足しにはならない。

右側のアイデアが、今のところ無い。ここまでは一瞬のアイデアだけで済むが、右側には別ルートの発想が必要だ。その二つの異なった発想がスパークしたところに、初めて「作品」が生まれる、といつも感じている。その発想の仕方、方法にキャリアが必要だ、とも思っている。

エスキース

          「空港」のためのエスキース  水彩

夕方、軽い頭痛で自転車散歩が億劫。で、作品用のエスキース(構想&一種の試し描き)をした。どこかに出品するためではなく、いつか描くかもしれない(描かないかもしれない)作品の。そして、、とりあえず描いて(撮影して)みた。

エスキースしてみると、ここが制作上のポイントだというところが分る。表現上、こなれていない(迷いそうな)場所も分る。そういう場所を何度か描いてみて、ある程度納得いってから本番。それが本来のプロセスだが、多くの人はそうしない。面倒くさいから。

「空港」というモチーフは同じでも、テーマによって構想はいくつでも考えられる。「題名」と「テーマ」は違うものだが、仮に題名を「空港にて」「帰国または帰郷」「旅立ち」などとするだけでも、人物も数人だったり、若かったり、年配者だったり、ポーズも立っていたり坐ったり、こちらを向いたり背中だったりと、誰にでもそれぞれの題名ごとにいくつかの構想が想い浮かぶに違いない。その中で、自分の気分に合うもの、できるもの、やってみたいものを選ぶ。

桜は難しい素材

      「Sakura習作」 水彩

早いところではぼちぼち、「寒ざくら」ではない普通の桜も咲き始めているらしい。当地は桜の名所として毎年NHKなどで紹介されるが。今のところは梅が早春を謳歌している最中。桜の出番はもう2週間くらい後になるだろうか。

桜を「間接的に」描いてみた。正面からではなく、「側面」から。「桜」は西洋画スタイルの絵画制作者にとっては、かなりハードルの高い題材だ、と思う。描いてみると解るが、画面全体にぼーっとしたピンクの綿飴が散らばっているようにしか描きようがないから。

日本画家にとっての「桜」は必修科目であり、見方、表現法から評価・鑑賞の仕方まで、徹底的に考え抜かれ、制度化されて、日本人の心や記憶の中に深く染み込んでいる。描く側にも見る側にもしっかりとチャンネルが設定されているから、まるで子どもが「名作絵本」を母親に読んでもらうかのような安心感がある。そうした土壌の上にすっくと育ちのいい「名作」は存在しやすい。けれど、「洋画」には素材的にも断絶があり、従って、わたしの知る限り、洋画においては誰でもが知っているような桜の名作と言えるものがなさそうなのは、それが理由だと思う。。

というわけで、縷々弁解がましいことを述べたうえで、桜を間接的に表現することにした。どこかのロビーに腰かけている数人の人々。その背後の庭か公園に桜が満開、というイメージ。ガラス一枚隔てただけの空間だが、直接には手の届かない空間でもある。
 この中で案外手間ひまがかかるのが「椅子」。備え付けの同じ椅子でなくてはならないし、同じ角度だけでは平板になってしまう。ベタッとした長椅子なら手間は省けるが、視覚的に面白くない、など結果として椅子の下描きにかなりの時間を費やした。主題である桜は数分。サッサッと済ました。