ボツにするよりはマシ

    「白椿」  水彩

長いこと放ったらかしにしていた習作に加筆、終了にした。満足とはいかないが、グッドアイデアが出てこないのだから、まあこんなもんだろう。そのままボツにするよりはいい。

急ぐ必要があるなしは別にして、何ごとも終わりは大切だ、と最近は思う。かつては描きっ放しはふつうのことだったが、それは新しいアイデアがどんどん生まれてきて、古くなったアイデアをいちいち終了させる手間が惜しかったから、だと思う。最近は頭を右から叩いても、左側から引っ張ってもアイデアが出てこなくなった。

アイデアが枯れるのは、脳の老化もあるかも知れないが、何よりあらゆるもののインプットの量、密度が小さくなったから、だと思う。情報量不足だということ。この時代にあって情報量不足なんて、と思うなかれ。
 有意な情報を得るには良いアンテナが必要だ。そしてそれが常に更新されていなくては、貴重な情報がスルーしてしまう。情報は新しいものが良いとは限らないが、触れ続けていることが大切だ、とよく言われるがたぶんその通り。言葉を換えれば、アンテナとアウトプットの装置が旧式のままだということ。

アンテナを更新するには何より “気力” が要る、と感じる。若い頃は「体力」があるから、空気や水のように、身体を通してアンテナが、いわば “勝手に” 更新されていた。歳をとって、体力が無くなってくると、意識して更新を心掛けないとすぐに固く、錆びついてしまう。それを意識するには「気力」が必要だ、というわけ。
 一枚の絵を描き終わるたび、 “がっかり” もあるが、「次はこうやってみよう」という課題も見つかる。それが気力を取り戻す-ボツにしてしまうよりはいい-理由。

花の窓

     「花の窓」  水彩

前々回の「花の窓」、ほぼ終了の画面。終わったつもりだったが、こうやってアップしてみると、描き残した部分に気がつく。

スタートした時点での最終イメージとは結構離れてしまったが、まあ、こういうでき方もあったか、と思う。

アップロードしました

予定より2時間遅れでアップロードしました。雑事に振り回され、体調もイマイチで、今日中にアップできただけで満足。

今回はちゃんとしたカメラやライトセットでの撮影ではなく、記録だけしておこう、という程度のスマホのビデオから作った。あまり乗り気でないモチーフだったが、まあまあ見られる動画にはなった。でも、長いし、多くの人には興味を持たれないだろうと思う。