ウニの歯

ウニの歯をしげしげと見たことのある人は、案外少ないかも知れない。漁村に生まれた私は子どもの頃から、ウニの歯はけっこう鋭く、デカイなあ、と思ってはいたがは食べることに夢中で、よく観察はしていなかった。

ウニの歯は5枚(種類によって異なるかもしれない)、先端が中心の1点に集まるように、正五角形に配置されている。一つ一つは局面のある石灰質の鞘と、方解石のナノ粒子でできた、超硬質の鋭い刀の部分との2つでできている。この硬質の歯でコンブなどの海藻や魚などの死骸を切り取って食べるだけでなく、岩を削り、自分自身の隠れ家をも作る。

身体の割には大きな歯で、5本の歯だけでも身体全体の体積の10%以上。自動的に研ぐ構造になっていて、新しい歯がスライド式にでてくるようになっている。生半可な現代の工具では追いつかない優れもので、切削工具の研究対象になっているという。

棘は人や、それを好物とする魚以外のものにとっては防禦の武器だが、もしこの口(歯)を攻撃に使えるように進化していたら、私たちの方が食べられる側になっていたに違いない。

ウニ食べました

ウニを剥く

晨春会展終了。バタバタと会場を片付け、夏祭りの交通規制の中を、なんとか我がアトリエに作品と共に帰宅。

下北半島・白糠産の活けウニが届いていた。白糠産は下北の中でも特に美味として地元では知られているが、漁協や地元民にはそれをブランド化する能力も、何とかしようという気持もなさそうだ。味は利尻、礼文のものにとてもよく似ていて、決して引けをとらないのだが(ウニの味は、地域ごとに、磯ごとにかなり違うものです)。

今年のウニはぷっくりとよく肥えていた。農家出身の妻は「ウニはパス」。息子も食べつけないので、好みではない。喜びを分かち合えないのは少し寂しいが、日本酒、ビール、ワインで、超山盛りのウニ丼にして食べた。贅沢の極み。こういうの、本当は一人でなく、何人かでワイワイやりながら食べたい。前もって予約を受けるだけの能力が漁協に欲しいものだ。

新しい誘惑

今年も似たように花は咲くが、誰も前の花など覚えてはいない

浮世絵版画の背景?に書かれた文字が読めないというイライラは以前からあったので、この際一挙両得ということで、変体仮名の勉強を始めた。(もともと外国語ではないので)覚悟を決めてかかったわりには、読みだけなら、それこそ基本のイロハを覚えれば何となく読める。江戸の庶民は基本的にひらがなしか読めないので、それで浮世絵の中の文字ならだいたい読めることになり、当座の目的は達成する。

けれど、読めるけれどなんの事だか分からない、というのがたくさんある。例えば江戸時代に使われた道具ひとつとっても、現在既に使われていないものについては、それが道具であることさえ分からない。それは江戸時代の文化や社会などについての知識がないからだ。

それを知りたいとなると厄介だ。どんどん深みにはまってしまう。これは危ない。どこかで切り上げないと大変なことになる。しかし、危険というものはたいていいつも興味と背中合せになっているものだ。はじめの一口がいつのまにか大酒飲みを作り出してしまうようなものか。