題名のつけ方

       「慈雨(あじさい)」 水彩 ラングトン紙

紫陽花(あじさい)の季節になった。ちょっと出かけるとわが家の庭だけでなく、どこの家の庭からも紫陽花が “こんにちは” と首を傾げてきます。

この絵を見ると、背景に見えているレオナルド・ダ・ヴィンチの、「荒野の聖ヒエロニムス」が「あじさい」とどう関係あるのか、紫陽花より先に疑問に思いますよね。
 「聖ヒエロニムス」は、悟りを得るため、あらゆるものを教会に寄進して荒野に修行に出ます。そこで足に棘が刺さって苦しんでいるライオンの棘を抜いてやります。それが背景の絵の情景です。

要するに絵のテーマは「(無償の!)愛」(当時のキリスト教会の「無償」についてはいろいろあるようですが)。「あじさい」に雨はつきもの。そこに「慈雨」というタイトルをつけると、バラバラだったモチーフがピタッと一つのピースにまとまる、と思ったんですが、理屈のこね過ぎかもしれませんね。

たまたま紫陽花の写真を探していたら、背景の一部に「聖ヒエロニムス・・」のページが偶然写り込んでいました。このかけ離れた2つのモチーフをくっつけたら面白いと思ったので、理屈をこねてみたのでした。左右の大きな対比も意識しています。

アネモネ、薔薇、ダリア

             「薔薇の習作」   水彩 ワトソン紙

薔薇を「花の女王」と位置付ける人は、欧米の人々を中心に多いようだ(日本なら牡丹かな?桜はちょっと意味が異なる気がする)。だからか、とにかく新品種の開発速度が速く、どんどん色もかたちも変わっていく。それとともに愛でる側の薔薇のイメージも変わる。

今年(2026年)流行の薔薇の品種は分からないが、これは比較的最近の、ラナンキュラスに似たタイプの薔薇。ラナンキュラスはアネモネに近い種で、わたしははじめはアネモネの一商業品種だと思っていた。

アネモネはわりに好きな花で、毎年春がくるたびに描いたものだが、ラナンキュラスは花びらの枚数がやたらに多いので、描くにはけっこう負担を感じさせる花だった。そういうわけで、このタイプの薔薇も億劫だった。

けれど、見るぶんには柔らかい(もふもふ感のある)グラデーションと、カドのない優しい形状で、いまの人の感性には受けそうなタイプの花である。実際、一時期は爆発的に流行した。少しそのほとぼりは冷めてきたようだが、ここ数日薔薇を続けて描くうちに、描いてみようかな、という気持になった。数枚描いてみると、描き方のコツみたいなものを感じた。これが描けたら「ダリア」も描けるようになる、かも知れない。

「薔薇」の習作

        「晴れやかな朝」  水彩

今日、埼玉県展へ行ってきた。「晴れやかな朝」で気分よく出かけ・・られたら良かったんだけど、なんだか腰の調子も悪く億劫だった。でも、日程的に行かないと見る機会を失う可能性がある、ということで。
 いつも思うんですが、皆さん、頑張ってよく描いています。本当に感心します。でも毎回同じこと、もっと○○すればいいのになー、とも思うんですよね。

教室で、薔薇をモチーフにしているので、わたしも(教室で、ではないが)描いてみる機会が増えた。当然のように、描く機会が増えれば今まで気づかなかったことに思い至ることもある。

はた目には何の変哲もない絵だろうと思うけれど、この絵にだって、個人的にはそんなところがちょっとはあるんです。