穏やかな夕方

「制作中」

今日、5月9日土曜日は午前中はそこそこ強めの風だったが、夕方は静かになり、穏やかな夕焼け空になった。

ふとした拍子に、モスクワの赤の広場で行われた「81年目の対独戦勝記念パレード」をLIVEで見てしまった。

話は替わるが、最近の動画を見ると、AIだらけ。まだAIだと分かるものも多いが、現実の映像の中に紛れ込まされたりすれば、事実かフェイクか、もう判定不能になりそうだ。“識者” はAIの活用法だの、AIとの付き合い方、などメディアで楽観的な未来を語るが、人類が競争意識に染まっている間に、そこへの曲り角は過ぎてしまった。「もう手遅れだ」と思う。数十年前にSF小説、映画で描かれた世界が現実化する。
 穏やかな夕暮れを今のうちに味わっておこう。

こどもの日、大人は戦争おバカさん

         「芍薬・Syaku-yaku」 水彩

今日は昨日の強風に比べたら、穏やか!の一語(北海道、宗谷地方では強風猛吹雪とかの予報だった。ごめんなさいね)。アメリカや中国に比べてか、「日本は小さい、小さい」という意識を埋め込まれ続けるけ ど、沖縄は昨日梅雨入りしたし、列島のこれだけの気候の違いを見るだけでも、決して日本の国土は小さくない、と思う。

今日は「子どもの日」。戦前は「端午の日」といい、子どもの日ではなく、「男の子」の日であったのはご存知の通り(「女の子」の日は三月三日)」。
 NHKでは判を押したように「鯉のぼり」のニュースが流れていた。戦前もこの日は鯉のぼりを上げることが “おススメ” だったらしいが、家父長制のもとで「大きな鯉はお父さん。小さい緋鯉は子どもたち」と学校唱歌にもあるとおり、「お母さん」は単に「産み、育てる」だけの「裏方」で、歌詞にも現れなかったこともまた、ご存知の通り。その家父長的視点の根深さが、今になって少子化対策で慌てふためく政治の、遠因になっているんですよ。
 息子は数年ぶりに(支度を自前で整え)、友人と「登山」に行った。山が好きになってくれたようで、ちょっと嬉しい。また家族で山登りできる日が来るといいなあ。
 
 芍薬は「薬」という名がつくことから察しがつくように、平安時代に、特に婦人科の「薬用植物」として移入されたものだと、本には書いてある。
 花言葉は「恥じらい」「思いやり」。女性が好きな人の前でほんのり赤くなることが由来の言葉らしい。英語でも blush like a peony (芍薬のように赤らむ)という言い回しがあるそうですよ。芍薬はわたしも大好きな花の一つで、これまで何枚も描いたことがありますが、この美しさの前にはいつもプレッシャーを感じます。でも、それが全然嫌じゃないのが、この花の特別なところ。「思いやり」のせいでしょうか。

ニュースに出なくなったけど、中東のガザなど、いまどうなってるんでしょうね?アフリカのマリ共和国での戦争なんか、NHKはじめ、国内メディアではニュースの話題にもなりませんけど激しくなっていて。それが回りまわって、いずれは台湾問題までつながりそうな気がするんですけど。
 自国の旗を揚げたい国ばかりの中、五月の風に泳ぐ鯉のぼりは(ともかく)平和の象徴のようですが、そこにも歴史があるんですね。