スケボーの青年、元気かい?

イェーイ、5週連続、土曜日アップできたぜ。でも、たったそれだけのために、この一週間、少なくとも夕方から寝るまでの時間を消費し尽くしちまったぜ。だから今しばらくは質を問わず、「定期アップロード」を最優先するぜ。「定期」なんて、これまで出来なかったことなんだからちょっとだけ大目に見てくれよな。仲間でしょ?
 今は単純に、いつまで続けられるかなーってほうに、自分の興味を移してるんだ。

裏話になるけど、このビデオのきっかけになったのは、たしか去年8月のある日。近いうちに歩けなくなりそう、という切迫感から、木陰のある遊歩道を毎日せっせと歩いていた時のことだ。「猛暑日」の続いていた時期。

そんなある日、市営野球場のスコアボード裏の誰もいないところで、彼が一人でスケートボードの練習をしているのが、道の反対側から見えた。何度も同じ動作を繰り返して練習するのをしばらく眺めていたが、うす暗くなってきて、彼が帰らないうちにと声をかけた。それがこのビデオ・スケッチになった。

夕暮れまでのほんのちょっとの時間だった。彼の名前も聞かなかったし、わたしも名乗らなかったが、YouTubeに乗せてもいいかとだけ訊いた。それから半年経ってしまったが、彼は今どうしているだろうか。「(当時)仕事はしていない」と言っていたが、その後どうしているだろうか。また会って話がしたい。

ベーコンの憂い

     「新緑」  水彩 F6

ベーコンは塩気と油が多いからなあ・・いや、そっちのベーコンではなく、イギリスの画家、フランシス・ベーコンの方。わたしはフランシス・ベーコンの絵が大・大好きだと公言している(と言って誰かが聞いているわけでもないが)が、その人がこんな絵を描くなんて、とフランシス・ベーコンが見たら「憂い」だろうな、というくらいの、いい加減なタイトルである。

わたしが展覧会に発表してきた絵は、上のような絵とは表現が随分異なる。そして、展覧会場で知り合う多くの人は、会場に陳列されているような絵を、わたしが毎日描いていると想像している(と思う)。実際は、ほとんど多くの時間、わたしはこのような具体的なスケッチに明け暮れている。

スケッチをする暇があるなら、一点でも多く作品を創った方がいい、とアドバイスしてくれた人がいる。スケッチなど無駄だとも言った(ような気がする)。そうかもしれない。わたしのように、発表する作品と普段の制作とのギャップの大きい人は特に。世間のものの見方と、それに合わせた効率を考えれば、その方が合理的選択なのかもしれない。
 「あの人はこういう絵を描く人」「あの人は○○をする人」などと、一つのイメージに固めることができれば分類・記憶の整理が楽だから、多くの人はそんな風に単純化しようとする。画家の方もバカではないから、ひとつのイメージにまとめてもらいやすいように、それに合わせたイメージしか見せないようにする。それがCMの基本的な考え方だ。
 アスリートも、引退宣言して、初めて選手以外の「人間」として見てもらえるようなもの。先日紹介した「わたしを束ねないで」もそういうこと。

けれど、(誰もが知っているように)どんな人ももっと複雑で多様な、時には自分自身ですら気づかない別の面を持っているものだ。フランシス・ベーコン(の絵)も、わたしをこう見ていたかも知れない。
 「お前の見方は表面的で薄っぺらい。それはお前自身がそうだからだ。オレはもっと深いものを見ているのだが、お前はそういう視点を持っていない」。ベーコンの憂いである。

風光る

真っ直ぐな一本の道風光る。正面に富士山が見えるのですが・・
木々の芽吹き。モンドリアンの絵「リンゴの木」のようだ
カラスノエンドウ。秋に黒い実をつけるので、この名がある

「風光る」は俳句では春の季語。
 風光る海峡のわが若き鳶  佐藤鬼房
そういえば、散歩道で鳶(とび、トンビ)の声を聞いた。鳶は海辺や大きな川の河口付近には多く、こんな内陸には比較的少ないが、ここも東京湾からせいぜい数十キロ。たまにユリカモメも見かけるくらいだから、鳶がいてもおかしくはない。ただ、「声はすれども姿は見えず。」

毎日同じ散歩道を通っても、毎日新しい発見がある。モノでなくても、自分のこころに新しい感覚があることも、ずっと忘れていたものをふっと思い出すこともある。
 そんなとき、俳句を作る。上手くできず、五、七までで止まっても、そこだけスマホにメモしておく。あとで十七文字になるかもしれないから。

先週はオオアラセイトウ。それはいま真っ盛りだが、正月から咲いているホトケノザも全然衰える気配がない。強い草なんだなあ。春の七種(ななくさ)に入れられている意味が分かる。今週はカラスノエンドウ。小さく可憐な紫の花、羽毛型の葉、そして髭蔓。これで一句できた。

「鯉の乗っ込み」も既に見た。例年より半月は早い気がする。今年の夏はたぶん“酷暑”もしくは“炎暑”。気象庁はこれまで35℃以上の日を「猛暑日」としていたが、それでは足りない、ということで40℃以上の日の呼び方を3月29日まで募集していた。どんな名称になるかな。わたしなら「地獄日」かな。良くても「昇天日」。まあ、死ぬほど暑い、ってことだけど、野の植物はむしろ我が物顔になるだろう。サボテンのデザインに感嘆する夏が来る。