明けましておめでとうございます

散歩道から見る富士山。右には赤城、日光。振り向けば筑波山がどっかり見える
元旦。微妙な雲の出具合

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

最近、気が向けばぶらぶらと、近くの田んぼ道などをひと回りしてくることがある。元日の朝はどうだろうと、行ってみたら、ぽつぽつとウォーキングの人たちがいる。顔も名前も知らないが、何人かは身体が傾いていたり、歩き方に特徴があったりで、あの人だなと分かることもある。ひとり、そばに軽トラを停めて農作業をしている人もいた。世間の慣習に流されない、マイペースの人なんだな、きっと。

散歩の時間は「考える時間」。考えが堂々巡りすることが多いけれど、堂々巡りしているうちに、ポロっと木の実が落ちるように、上からアイデアが降ってくることがある。

今はそんなのを悠長に待っている時代じゃない。AIに「アイデアを呉れ」と要求する時代だ、という。考えるより先に結果を求めるということか。AIの進化は、たぶんもう誰にも止められない。人間はどんどん不要な存在になっていきそうだ。明るいのか、暗いのか、微妙な雲が前方にかかっている。

大晦日

            「ふるさとの川(試作)」  水彩

いよいよ2025年最後の一日だ。ふと思いついて、今日一日にやるべきことを後回しにして描いてみた。完成形ではないが、叩き台として目に見える形になった。

2025年も戦争の年だった。どこかの誰かが「自分なら24時間で戦争を終わらせる」などと叫んでいたが、世間の誰もそんなことなど信じなかった。誰も信じないことがわかっているから、安心して大ぼらを吹いて見せたのだろう。おそらく、ただ目立ちたかっただけのことだ。
 戦争はくだらない。けれど、そのことに世界を揺るがすほどのエネルギーを費やす。それだけのお金と人間の命(!)をかけたら、どんな素晴らしいことができるかと誰もが思ってはみるが、その損得計算ができるのは子どもだけらしい。

大晦日、物流倉庫など次から次へと搬入車両が続いているかと思ったら、以外に静かで驚いた。今日はほとんどのところで仕事はしていないから、日曜日より静かな朝だった。それでも、昨日までに終われなかったのだろう、田んぼを耕していたトラクターの傍に鴉が一羽。
 大晦日鴉一羽の黒光り