1ヵ月ぶりのアップロードです

約 1か月ぶりにアップロードしました。その間に五月頃の陽気があり、草木の芽が急に伸びました。すでに満開の紅梅、白梅がちらほら見えています。埼玉県は明日から県立高校入試が始まるようです発表は3月6日)。受験生はオリンピックどころではなかったでしょう。卒業式、入学式と春の行事が続きます。暦の上ではまだ2月なのに、気分は3月を飛び越えて4月も半ばのような感じです。

今回はナレーションを完全にやめてみました。それ自体もかなりの時間を費やすだけでなく、そもそも絵というのは見れば解るから絵なのだし、ヘタな解説など百害あって一利なしということも考えてのこと。

今日は朝から雨だったから、ウォーキングにも行けず、10時間以上ビデオ編集だけに集中していました。普通に描いたら最低でも2枚は描く時間があったけれど、絵というのは2倍の時間があるから2枚描けるという単純作業ではないから、そんな計算など無意味。ボーっとしている時間の方がむしろ大切なくらいです。夕刻、やっとアップロードにこぎ着けたけれど、まあ、ぎりぎり今月中って感じです。これから明日の準備です。

非対称性

「子どもの顔」  ペン

今日(23日。天皇誕生日)は暖かい春の日になるという天気予報どおり、当地でも22℃まで気温が上がったようだ。確かに、わたしも半袖で!自転車を漕いでいた。「春一番」は日本のどこかで、昨日記録されたような気がするが、現実はまだ2月ですよ。黄砂も花粉の飛散も注意報だらけの「春の日」。今夏の恐ろしさを予見せざるを得ない。

タイトルの「非対称性」とは「対称性」がないということ。たとえばボクシングの試合なら、相手のパンチに対抗できるのは、自分のパンチしかない。手段としては同じなので、これは「対称性」の例。

同じようにボクシングの試合に例えるなら、相手のパンチに対して逃げ回りながら、「あいつのグラブには○○があるから反則だ」とレフェリー・審判員、及びメディアに訴えることで、(「反則勝ち」という)勝利を収める、というのが「非対称性」。
 例が悪かったかも。「オレは金も権力も持ってるぞ」と威張る相手に、「わたしは『恥』という概念を知ってるよ」と論理・価値観を変換するのも、「非対称性」であるらしいんだ。わたしも最近になって耳についた言葉なので確たる自信はないが、そんなところではないかと想像する。

「非対称性」という概念を知ることは、無用の摩擦、無用のストレスを軽減するキーワードではないか、と思える。数日前、ロシアの大学で、学生の軍隊への志願率が低いことについて、学長が「臆病で、恥知らずだ」と「諭した」ことについて、学生たちが「学問の自由」を主張したことが「非対称性」の例だというのは、間違いですね。

関心事

「肘をつく」 ボーっとしてるのが一番人間的なことだったりして

「誰がどんなことに興味や関心を持っているか」。世界中のビジネスがこの一点に集中しているといっても過言ではない。スマホを使い、パソコンで何かを検索したり視聴するたびに、その情報はデータとして抜き取られ、商品化され、瞬時に「○○いかがですか?」というCMのかたちで送られてくる。

CMならまだしも、ときにはその「関心事」を狙った詐欺まで現れる。データの収集、分析などにAIが使える時代になったからだ。もちろん、AIそのものに原因があるわけではない。結局は人間の欲望がそうさせている。

素知らぬ顔で人の周りを嗅ぎまわり、ゴミ箱から情報を拾い出し、スーパーやコンビニにまで跡をつけて何をいつ、どのくらい買ったかをメモする。毎日こんなことをわたしたちはされているのだが、目の前に人の姿をしていないために気づかない。何とも鬱陶しい世界だが、ヒトの欲望はそんなものでは済まさない。

いずれわたしたちの脳はAIに「最適化」され、標準化され、実装される。それを人類はどうやって防ぐのか。そこに今わたしの関心事がある。