遊びが大事と言うけれど

カットされたドラゴン・フルーツ

とうとう日をまたいでしまった。もっと早く寝なくちゃいけない。

遊びが大事、とほとんどの人が言う。でも、もう少し聞くと、「その遊びが、のちのち役にたつから」などと言いはじめる。なんだ、結局仕事のためか。修行みたいなものなんだ。コースもお決まりの女(男)かギャンブルか。

それはそれとして、大人になると遊ぶのにも勇気が要る。まず単純に、人の目が気になる。幼稚とか、アホとか思われるのが嫌だ。でも窮屈。少しずつ、程よく、幼稚でアホな奴にソフトランディングするのがよろしいのでは。

青いカモメ展

ポスター

青いカモメ展が始まった。出品者59人。若い人はいないが皆元気。油彩、水彩画全118点。

もしかしたら絵の面白さが、それぞれにほんの少し解りかけてきているのかも知れない、と感じた。もしそうならとても嬉しい。描いている時間が楽しい、というのとはちょっと違う、「面白さがわかる」という感覚。作者でなければ味わえない「楽しみ」をさらに深く味わって欲しい。

 

平常心是れ命

花は季節を忘れない

近所の白モクレンが早くも満開。例年早咲きの桜も既に見た。DNAのわざだと言えば身もふたもないが、事実はそうらしい。

例えば植物には積算温度というのがあって、気温×時間が一定量に達すると花が咲く。動物も心拍数が一定に達することで、それなりの年齢になる。3億回で、大体寿命が尽きて死ぬことになっているそうだ。手術前の私の心臓の脈拍数は平均値の1/2〜1/3になっていたから、単純計算なら人の2倍から3倍寿命が延びるという計算(手術で寿命が縮んだことになる?)。

平常心=自然のあるがまま、なら緊張感はない(本当だろうか?)。緊張感が無ければ持てる自力を発揮できる(はず)、というのが漢語のタイトルの意味だ。イワシの団塊が大きな魚に襲われて、一瞬で形を変えることができるのも、余分な緊張がないからなのだそうだ。

そんなことが人間わざでできるのだろうか?出来るようにするのが修行であり、その境地を「悟り」と言うそうな。「諦めの境地」ならまだしも、という気がするが。