明朝、公開します。見てね

2023/02/08. 6:00 にYouTubeに公開予定

明朝6:00 に上の動画を公開予定です。この動画の編集に3週間もかかったのに、あとから考えるとすご~くマイナーなモチーフを選んじまったものだ、と思う。もっときれいな花とか女性の描き方、みたいなのを選べばより多くの人に見てもらいやすいと思うけれど、どこかちょっとヘソが曲がっているらしいのを、その時は夢中になっていて気づかない。

YouTubeは、なんと言っても「視聴者本位」。はっきりそう言っている。わたしも無視しているわけではなく、むしろ普段の教室で一人一人にアドバイスしそこなったところなど、なんとかフォローしたいという気持ちを強く持ってビデオ製作しているつもりなんですが、でも、それじゃ視角が狭すぎるんだな。もっと大きな目で(生まれつき目が細いのが残念)カメラの向こうを見なくちゃいけないんだよね。

その間YouTubeに投稿できなかったせいか、10日目を過ぎたあたりから視聴回数がどんどん減ってくるのに気がついた。多くのYouTuberが「投稿頻度が落ちると視聴回数が激減します」とYouTubeで言っているのは知っていたが、その通りだった。@aoikamomeチャンネル全体で、3週間のうちに10分の1になってしまった。1ヶ月も経つと「もうやめたんだな」と視聴者に思われるらしい。恐ろしいことだなあ。どのくらいの頻度が適当かというと、ジャンルや個人にもよるが、「最低1週間に1本」なのだそうだ(「毎日1本」という、栄養ドリンクのようなことをいう人もかなりいる)。

ひえ~っ!今のところ、わたしにはどう頑張っても月に2本アップできれば上出来。わたしは完ぺき主義者では全然ないけれど、やはり前の動画よりは少しでも質のいいものを出したいのは誰しも思うもの。でもそれで3週間もかかるのは、無駄な工程と、きっとあれも見せたいこれも入れたいという欲のせいなのかもしれない。教室でいつも言っている「見せたいものをぎりぎりまで絞りなさい」って、自分が一番できてないじゃない、と投稿するたびに反省しておりまする。

描き直し

描き直してみた

2/3に載せた写真の元の絵がどうにも気に入らず、気になっていたので描き直してみた。前回のスケッチは10号大だったが、今回は8号にし、そのぶん下をカットしたので、顔の部分などはむしろ少し大きくなって描きやすくなった。

一枚の絵に何本も筆を使うのは油絵では常識(というより、そうしないと描けない)だが、水彩は必ずしもそうではない(水彩でも大作になると話は別になるが)。今回は「一本の筆だけで描く」という課題を自分に課したので、14号のコリンスキー一本で描けるサイズにする必要があった。

「人の顔」には細かい部分が集中しているから、顔を描ける筆かどうかが選択の基準になる。実際には“細かい部分”は顔だけではない。髪の毛も一本一本見れば細かいし、指の一つ一つの関節やそのシワだって、服の生地の織り方だって、描こうとすれば皆同じように細かい。けれど、顔以外は「鑑賞者にとって」案外どうでもいいようなところがあって、いい加減に描いてもあまり気にしない。ところが、顔だけは誰もが強い関心を持って子細に見る、だけでなく“描かれていない”気分までをも深く読み取ろうとする。だから顔が基準になるのである。

でも、わたしは顔もまた「出たとこ勝負」でいいと思っている。微妙な表情にこだわるとつい小さな筆で細かく描きたくなる。するといつの間にか、水彩本来の、水にまかせるような自由さ、気楽さが失われてしまう。造形的な試みも背後に押しやられてしまう。それよりは「目、鼻、口があればいい」的に描くほうを好む。それが“一本の筆だけで”の目的だったけれど、やはり慎重な筆遣いになってしまった(再描き直し?)。

波(なみ)

study-An art Gallery owner (water color)

寄せては返す「波」。「反復」と、寄せる(返す)「幅」の2つがセット。ただの反復や幅という、「一次元」では波の要件を満たせない。一定の時間間隔(長さと時間)とズレ?幅を繰り返すという、三次元以上になって、はじめて「波」になる。展覧会場などにいると、さっぱり人の来ない時の少し後に、今度は続けざまに人が来てうっかり対応しきれない、そんな「粗密の波」を毎回経験する(ガラガラは何度も経験しているが、人が入りっぱなしというのは経験したことがな~い)。―「波」とは少しニュアンスが異なるが、ビジネスでも、潮が満ちる(引く)ように、という状況を見聞きすることもある。

「体調の波」というのもある。“絶好調”はいつまでも続かない(不調は続くかも?)。多くの人もたぶんそうだろうが、頭が調子良い時と、身体の調子とが“ねじれ”ることがままある。寝不足で疲れも溜まっている―そんな、一見逆波(さかなみ)的な時に限ってスルスルっといい感じで絵が出来てしまうときは、タイムマシンに乗っている時なんだろうか。

話は75度くらい変わるが、人や団体(会社とか?)にも「好不調の波」がある(わたし自身は会社勤めをしたことがないので、その関係のことは「見聞の範囲内」)。わたしはフリーランスの生き方だから、その波がどういう類のものであろうと自力で乗り切らざるを得ないのだが、(自分にとって)新しいことを始めるのには、その「波の質」を見極めることが必要だ、という気がする。

「2021東京オリンピック」では「サーフィン」も種目になった。出場選手たちにとっては、これこそ究極の「波」だったに違いない。種目に選定されるのも「世論」の「波」。当日自分に与えられる(物理的な)波は「運命」の「波」。波に翻弄され続ける選手たちを尻目に、IOCだけはボロ儲け(アッ!これは、触れてはいけない話題だったかも?)、の波があからさまだった。それになびいたマスコミも「波を読」んだのだろうと思う。