遅延コミュニケーション

少しお腹の具合が…

2/1 関東に再び雪の注意報が出た。2/2 昼前にかけ、東京で3〜8cm、北関東で8〜15cmほど降ったらしい。わが家は先日の雪がまだ残っていたが、雪の前に降った雨で融ける分と相殺すると、どうやら融雪の方が大きいようだった。

翌早朝の宇都宮線のスレッドをみると、遅延、運休を期待していた人々のコメントがどっさり。社員が頑張って遅延しなければしないで、やはり恨み節。遅延でも殆どの場合原因がはっきりしているので、怒るコメントにも、謝る方にも一定のラインがあって、すれすれのユーモアを楽しんでいる感もなくはない。怒りのスレッドに、クスッと笑う余裕を共有しているらしいのが、同じ路線に乗り合わせる仲間意識が感じられて楽しい。

これらのスレッドを、ネット介在の、新しい「地域=路線」コミュニケーション形態ととらえればなかなか面白い研究対象になるのではないか。お互いに顔を知らないという現代性と、路線を共有するだけという「観念的」地域性。歴史的、心理的、地域・世界(地理)的な共通性と特異性とがきっとある。

「咎める、謝る」の場面は落語、小噺には限りなくある。ある意味、日本人の最も得意とする分野かも知れない。小学生に英語を必修化するより、こういうものを少しは教えたらどうだろう。「ぎすぎす」化の強まる社会への、誰にでもできるインフラになるのではないだろうか。

体験が大事 / Experience is first

立派な氷。赤はシクラメンの花びら

全国をすっぽり覆う寒波が続いている。今回の寒波はこれまでとはレベルが一段違う。関東では21日に降った雪の量が記録的なものだっただけでなく、雪質も(関東の)スキー場並みのものだった。降っている時、これはちょっとすごいぞと、感じていた。

その上、続く寒波で、連日の晴天にもかかわらず、日陰ではその雪が硬く固まるばかりで、一向に融けてしまわない。大雪からまる一週間経った今日、外の水道は蛇口付近を熱湯で暖めてもまだ一滴も水が出ない。その下に置いてあったバケツの氷(写真)、測ってみると厚さが17cmに近い。埼玉移住36年、自宅でこんな厚い氷は見たことがない。

地球温暖化。この一世紀だけのデータからはそんな気持ちにもなるが、地球の歴史全体を身体全部に置き換えたなら、まだまつげの先端を見ている程度に過ぎない。科学は素晴らしい成果を示していて、今後もそれ以外に信じるに足るものはないだろうけれど、それでもまだ発展途上。人類が通過した「経験」を部分的に確認している段階だ。

命の危険、災害の予感。それはまだ科学ではないが、人類の(動物の?)直感としてDNAとして刻み込まれている(筈だ)。まずはそれを大事にする。そしてその僅かな経験を大事に積み重ねる。固執するのではなく、少しだけ優先する。

 

 

稀勢の里は相撲協会の犠牲者でもある

 

横綱・稀勢の里が昨日から休場した。このままでは引退しかないと思っていたので、ある意味ホッとした(引退しない方がいいという意味ではない)。

稀勢の里のファンではない(ここ数年は安美錦、1年ほど前からは御嶽海のファンだ)し、彼自身の下半身の鍛え方に大関時代から疑問を感じているが、それとは別に、彼の為に一言弁護しておきたい気がする。

一言で言えば、横綱にするのが早すぎた。横綱昇進には内規があり、原則2場所連続優勝およびそれに準ずる成績が必要だ。「ここ一番に弱い」稀勢の里の場合、昇進となった場所中にも比較的厳しい条件が横綱審議会、報道周辺でも取り沙汰され、「仮にこの場所で優勝してもすぐには…」と言ってた筈が、棚ぼた絡みの優勝したら、とたんに「優勝したんだから、いいじゃないか」「白鵬に一番勝てるのは稀勢の里じゃないか」と、手のひらをぐるぐるとひっくり返して横綱にしてしまった。日本人横綱が誕生すれば相撲人気が高まると踏んだ、協会とその周辺の打算の産物以外の何ものでもない。

稀勢の里自身も最初は驚いた筈だ。けれど、彼の口から「まだ早い」など言える立場でもないし、相撲の世界に入ったときからの、憧れの地位が転がりこんできたことに喜ぶのは当然のことだ。このことでの稀勢の里自身に罪はない。

かつて一度も幕内優勝のない力士を横綱にした悪例がある。第60代横綱双羽黒だ。結局彼はその後も一度も優勝出来ず、早々に相撲を引退した。協会の都合で内規を無視した悪例の最たるものだ。内規である以上、必ずしもそれに縛られることはないとはいえ、それを犯してでも強行する以上、結果責任を負うのは当たり前のこと。

先日の暴行事件問題をみても、協会には反省する能力も、先を読む想像力もないと考えてよい。逆に稀勢の里がその内規を胸に、何とか世間が納得する形にしたいと無理した結果の、横綱になってすぐの負傷・初優勝ではなかったか。相撲協会はスポーツ団体のふりをした、ただの興業団体だ。それを国技呼ばわりして、別格扱いする文科省にも、毎場所完全生中継するNHKにも責任がある。横綱の責任云々のまえに、自分たちの都合で横綱にした責任を取るべきときではないか。