アップロードしました

昨日(土曜日)アップするつもりで、ここ数日必死だったのだが、結局間に合わず今日(日曜日)の正午になってしまった。意志の弱さもあるけれど、なにより編集を含むコンピューターの知識が無さ過ぎる。

でも、それを一から勉強、なんてとても無理。まッ、しょうがねえや。

ビデオ編集のソフトもそうだけど、アップデートするたびにAIなんたらが、かならずというほどくっついてくる。そいつが、何かやろうとするたびに “要約→” とか “○○しませんか?” って、いちいちウッセーんだよ!こうやって手を差し伸べるふりして、とにかく個人情報と商品(ソフト)の機能向上のためのデータ取得を狙っているわけだ。機能向上は確かに利用者のプラスにもなるけれど、シンプルに、黙っててくれよ、という気持になる。
 毎回イヤになるほど、一本作るのにかかる負担は大きい。だから、お付き合いでも最後まで見てね。オネガイします~。

アイリス

           {ジャーマンアイリス}  水彩

アイリスの咲く季節になった。いつもの散歩コースに着く前にも、いくつもジャーマン・アイリス、あやめの花立を見る。

ジャーマンアイリスを描いてみた。もう何度も描いているが、気に入ったものはまだ。菖蒲(あやめ)を絵にするとき、その時だけちょっと勉強する。季節がすぐに変わるから、それにつられて興味も移ってしまう。

あやめと菖蒲(しょうぶ)と杜若(かきつばた)。ジャーマン・アイリスとダッチ・アイリス(オランダ菖蒲)の区別は、今ならできる。来年までにはもう忘れているだろうけど。杜若はまだ見ていない。
 子どもの頃、お風呂に浮かべられた菖蒲の葉を「どうしてこんなのがお風呂にあるんだろう?」なんて、不思議に思ったことを思い出す。

生きていて、楽しいと思うことがほとんどなくなってきた。そういう歳になってきたというだけのことかもしれないが、絵を描いている時だけは自分の課題に集中、追求できる。

反射

        「オルガ(習作)」  水彩

絵の中の人物が首を傾げている。すると見る人もちょっと首を傾げて見る。(絵の中の)人物がちょっと笑っていると、見る人も何とはなしに、にこりとしてしまう。こういう行動心理を、心理学では「ミラーリング」といい、無意識的に相手に同感、共感したいという心の現れなんだそうです。―そう言われてみると、実はわたしもよくやってるパターン。共感したいタイプなんでしょうか。

それが無意識的に行われるかぎり、それは “好意” の表現です。動物、特に鳥などにミラーリングが顕著に表れているのをテレビなどで見たことがある人は少なくないでしょう。
 でも、ヒトの場合、意識的に何度も真似ると、場合によっては相手に対する「嫌味」にもなり、誇張するなどの度が過ぎると「侮辱」とも受け取られます。悪くすると、2,3発のパンチをご馳走になることもあり得ます。

話が跳ぶかもしれませんが、平和というのは、相手のいいところを真似るところから築かれていくようにも思います。「相手のいいところを」というのがミソで、前提として相手を「リスペクト(尊重)」する姿勢・思想を自分が持っているからこそ「相手のいいところ」を見つけ出すことができるという、目に見えないステップがありますね。「自分の方が上」だ、などという高慢な意識からはリスペクトなど生まれませんし、とうぜん相手の真似などする気にもならないでしょう。

でも、そもそも「(ミラーリングをする)相手」というものをどうやって選び、あるいはなぜそれを意識できたのか、不思議な気がしますよね?好きな相手だけでなく、嫌な相手も、わたしたちは多数の中から選び出して「しまいます」。
 それはセンス、なんでしょうか?―わたしは、一種の「(条件)反射」だと思っていますが、「直感」だけです。でも、直感というものにもまた、深い意味があるようなんですよ。