反射

        「オルガ(習作)」  水彩

絵の中の人物が首を傾げている。すると見る人もちょっと首を傾げて見る。(絵の中の)人物がちょっと笑っていると、見る人も何とはなしに、にこりとしてしまう。こういう行動心理を、心理学では「ミラーリング」といい、無意識的に相手に同感、共感したいという心の現れなんだそうです。―そう言われてみると、実はわたしもよくやってるパターン。共感したいタイプなんでしょうか。

それが無意識的に行われるかぎり、それは “好意” の表現です。動物、特に鳥などにミラーリングが顕著に表れているのをテレビなどで見たことがある人は少なくないでしょう。
 でも、ヒトの場合、意識的に何度も真似ると、場合によっては相手に対する「嫌味」にもなり、誇張するなどの度が過ぎると「侮辱」とも受け取られます。悪くすると、2,3発のパンチをご馳走になることもあり得ます。

話が跳ぶかもしれませんが、平和というのは、相手のいいところを真似るところから築かれていくようにも思います。「相手のいいところを」というのがミソで、前提として相手を「リスペクト(尊重)」する姿勢・思想を自分が持っているからこそ「相手のいいところ」を見つけ出すことができるという、目に見えないステップがありますね。「自分の方が上」だ、などという高慢な意識からはリスペクトなど生まれませんし、とうぜん相手の真似などする気にもならないでしょう。

でも、そもそも「(ミラーリングをする)相手」というものをどうやって選び、あるいはなぜそれを意識できたのか、不思議な気がしますよね?好きな相手だけでなく、嫌な相手も、わたしたちは多数の中から選び出して「しまいます」。
 それはセンス、なんでしょうか?―わたしは、一種の「(条件)反射」だと思っていますが、「直感」だけです。でも、直感というものにもまた、深い意味があるようなんですよ。

赤い絵

制作中-2

久しぶりに “赤” の画面。いま青があるところも、ほぼ全面的に赤になる予定。赤は自分が元気でないと使えない色だ。けれど、、描いていると何だか疲れてくる。絵にエネルギーを吸い取られているのかも・・。なんてことはなく、いろいろと気が重いことが多いからだろ。

Tsunami, 逃げて!

          「制作中」  テンペラ

今日16:53、岩手県三陸沖でマグニチュード7.5の地震が発生した。一週間ぶりに大きめの作品を制作中だったが、最初はめまいがしたと思った。椅子に座って上を見ると、蛍光灯の紐が揺れている。

地震だと解って、聴いていた音楽チャンネルを災害情報に切り替えたら、マグニチュード7.5だという。震源地は岩手県三陸沖、深さはたったの10㎞というから、ほぼ津波が来るなと思った。

テレビを点けてみると、岩手県の宮古の映像が出ていた。まだ到達していないらしく、漁船もさほど揺れていない。そのうちあまり大きくないが連続した波が映り、船が揺れ出した。画面右上には大きな文字で「津波、逃げて」、そしてラジオからはひっきりなしに「津波がきています。ただちに安全な高台などへ避難してください!」との連呼。
 画面を見ている限りではそんなに心配しなくても大丈夫そうに見えたが、「津波を見てからでは非難が間に合いません!」。確かにそうだ。能登地震の津波でもそのことはよくわかる。まず逃げて、それからゆっくりいろいろ考えるのがいい。