「動画」というやつ

ワインを注ぐ

「動画」というやつは「動く」。あたりまえだ。絵を描く動画など作り、その編集に四苦八苦したりしてきたが、基本的に動いている奴を動いているままに見せる、チーターがガゼルを捉える動画のようなのがその典型なんだと、シンプルに思えてきた。

現在の動画(映画も)でも、少しずつ位置やかたちの異なった、基本的には1枚の写真を連続することで成り立っている。上のパラパラ漫画(形式上GIF動画というらしい)もそう。1秒間に何枚の写真または絵を見せるかで、画像の動きの滑らかさが決まり、だいたい30枚、60枚(60コマ)あたりがよく使われる。この動画では1秒15コマに設定し、15枚の漫画を描いたから1秒で終わる。グラス15枚、その色で15枚、ワインの瓶で15枚、ワインの流れで15枚の、全体で60枚の絵を描くことで、この1秒の動画ができているわけです。もちろん、同じシーンなら複製のコマを作って並べます。

パラパラ漫画を作ろうとすると、描く人に相当の負担がかかる。アニメも基本的にパラパラ漫画だから、ものすごい数の原画が必要で、だから、できるだけ手分けしても、原画を描く人(アニメーター)が大勢いないと大変だってことになる。いわゆる「業界」はそうなっているらしい。

わたしの場合、変なところでつまづく。例えばパラパラ漫画の作り方をもう忘れていたり(ひどすぎる…)。描いたら描いたで、保存の仕方、このブログにアップする方法が思いつかないとか…。そんなこんなで半日費やす。あちゃ~。たまにやらないと忘れちゃう、とか考えるより、いっそ永久に思い出さない方が、充実した一日が過ごせそうな気もするんです。

わたしのビデオ製作

懸案だった、上のビデオをやっとYouTubeにアップしました。4時間以上の収録を16分50秒にまとめた。カメラで撮ったように思っていたが、あとで見るとスマートフォンでの撮影。そのため画質はイマイチだが、わたしにとってはかなり苦労したビデオなので、ぜひ見てやってくださいませ m(__)m。(真ん中の▷を押すと見られます)
 これからチャンネル登録者「100人」を目指すので、ついでによろしくお願いします。「100人」に特別な意味はないのですが(わたしにどこからかお金が降ってくるなどということなども、もちろんありません)、ビデオを作り続ける励みになると、どの方も仰っていますのでひとつの目標です。
 ちなみにYouTube 見てもお金はかからないし、登録したからといってなんの義務も生じません(「新作が出来たよ~」というお知らせが届く以外にメリット?もありませんが)。

苦労話を一つだけ。BGM。ビデオの背後に何気なく流れている音楽のこと。その音楽をわたし自身が作曲、演奏しています―なんてわけはありません。どこからか頂いてくるわけですが、まず、どこにそんなのがあるか調べることから始まって、見つけたサイトから著作権フリーの音楽をダウンロード。どれがいいか聴き比べますが、音楽の素養が全くないわたしには、どれが適切なのかまったく分からないことがよく解りました。
 選べば選んだで、今度はどれも同じに聞こえてしまう。しかも、ナレーション優先で音量をずっと絞るので、耳が遠くなったわたしには、ほぼ聞こえなくなってしまうという事態。ヘッドホンで解決できる問題ではないので、周波数とデジタル数値を理解するという難題が出来てしまいました。

ビデオの基本は映像、語りや字幕、それに音楽の3点セットだそうです。そんなビデオを100本作れば何とか作業は覚えられるそうですが、わたしの場合、これが3本目。映像担当者、文字・文章担当、音楽担当、制作担当兼監督(わたしだ)の4人いればペースはあがるが、ビジネスでもないのにそんなことはできません。老齢化とともに、ペースはさらに落ちるでしょうから、100本できるころにはわたしの寿命は尽きてしまう。文字どおり冥土への土産なのか。うーむ。やるべきか、やめるべきか、ハムレット的心境もあり。

ナレーション

眼鏡とアケビ

ナレーションとは動画に沿って、その内容を説明したり、映像に心理的な奥行きを与えるための「語り」のこと。実際に動画を作るときは、他にも「字幕」という選択肢もあるし、強調したいなら同時に使ってもいい。何かを解説する動画なら、ナレーションも字幕もなしに内容が解るのが一つの理想だろう、と最初は思っていた。

けれど、不特定多数の、一般の人に向けての動画からナレーションや字幕を無くすのは無理そうだ。まず、声が無いと眠くなってしまう。ある程度、ボリュームの必要な動画なら、たとえ見るだけでわかる動画でも、適当なタイミングでアクセントをつけないと飽きてしまう。それに、たとえばわたしの「水彩画を描く動画」からナレーションを無くしても、自分でも描いている人には解るが、ほとんど描いたことがない人には、「ここが大事です」というポイントを示さないと、気づかれないうちにスルーしてしまう。そういう人にとっては、解りやすい説明を入れることが親切というものだと、わたし自身が見る立場でそう思う。

それに「見栄え」「聴き映え」というものもある。その人の声を聴くだけで癒されたり、元気が出たり、世界が広がるような気持にしてくれる「声」というものが確かにある。それがナレーションの力。―と言っても、わたしにはそのような才能はないから、適切なナレーションのことだけを考える。けれど、ご想像通り、これがとても難しい。「水彩画…」でも筆の動きを言うのか、色のことを言うべきか、全体の流れの中で言う方がいいのか、あれこれ考えているうちに場面はどんどん移っていく。たくさん言葉を入れれば、画面はダラダラと長くなる。逆に、時にはもう少し説明したい文案があるのに、すでに場面をカット、スペースがなくなっていることもある(素人ゆえ)。

そのうえ、何度も言い間違い、読み間違う。そのたびに録音し直し。言いにくいときは、読みやすく文面を修正しなければならない。雑音も入る。自分でも気づかないうちに救急車のパーポーが入っていたこともある(防音室がないので)。ビデオ編集を仕事にしているわけではないから、一気にやれる時間は限られている。日時をあらためると、声の調子がすっかり別人になっていることもある。常に声質の安定しているアナウンサーは、さすがにプロだとあらためて感じる。多くの動画では撮影と同時進行でスラスラと喋っているが、それはわたしには難しい。20分程度のビデオのナレーションだけで数日かかることは、わたしの場合珍しくない。―その間に、一枚でも実際の水彩画でも描けば?と心のナレーションが聞こえてくると、なおさらストレスが増す。