「危険な暑さ」も腰にはいい?

「飛ぶ男」         制作中

今日(7月23日/2018)、埼玉県熊谷市で5年ぶりに41.1°の観測史上全国最高気温を記録した。これまでの高知県四万十市の41.0°を、0.1°上回った。東京青梅でも40.3°(東京初の40°超え)。その他の都心、群馬、山梨、岐阜、岡山、広島など多くの都市で38°以上を記録したもようだ。

「危険な暑さ」とテレビ、ラジオで連日報道しているし、私の住んでいるところでも、毎日不要の外出や日中の運動は控え、水分補給をこまめにし、遠慮なくクーラーを使うように(電気代は本人持ち。当然)スピーカーから放送が流れる。たしかに、危険なほどの暑さを感じる、特に高温の熱帯夜には。

けれど、暑いのは「腰には良い」のである。昨年までは、夏の暑さの中、あせもに注意しながら、腰(実際にはお尻)を暖めていた。今年はそんな必要はない。お陰で腰の調子は良いのである。たぶん、今年のワインの出来はビンテージものになるだろう(関係ないが)。

ただし、この暑さでは、当然ながら「クーラー」を使わざるを得ない。が。それは腰を冷やすことになる。だから、時々はクーラーを止め、汗みずくになりながら仕事をする。クーラーがあるのに使わずに、室内で熱中症死、にはこんな事情もありそうだが、「腰のためなら死んでもいい」などと、冗談言えないほどの暑さはまだしばらく続くらしい。

絵画の原点 2

アメリカ芙蓉

「自由に描く」ということと、「好きなように描く」のとは同じことだと感じる人もいるだろうが、私の感覚とはかなり異なる。

私にとって、自由に描く、とは「自在」でもある。勝手気ままに描いても、なおそこに自分がいる=自在でなければならない。「自由」と「自在」のバランスが要る。時には高度な技術も、知識も必要だ。「好きなように」にはそのような制約も緊張も感じない。けれど、ある境地に達したら、そんな区別など笑い草に過ぎないのかも、とも思う。

もう一ついえば、(これは私自身の偏屈かも知れないが)「好きなように」には、決して画家自身のものだけでない、他人の好み、ことばを変えれば迎合的なものを含むようにも感じられる。

「画家」は、和洋を問わずひとつの「職能」集団としての長い歴史を持っている。そこでは個人的才能など、時には邪魔でさえあった。先に「迎合的」と書いたが、他人の、どのような趣味にも応えられることこそ、画家としての実力であった。アマチュアというものが存在しない時代では、それは当然というより、必然であったろう。そうした中にも、良いものは良く、自由自在に振舞える才能があったことは、過去の膨大な名作群が証明済みである。

それに照らしてみれば、私のいわば「自由論」は、無能なるがゆえの、負け犬の遠吠えということになるだろうか。(この項まだ続きます)

この暑さを記録せよ

ゴムの木

この暑さは異常だ。だが、これが「新たな平常」への始まりかも知れない。最低気温30°の北半球。北極海がリゾートになる地球の始まり。北半球の氷の重さが無くなり、地軸の傾きがほんの少し変わり、軌道もそれに連れて微妙に変わる。

太陽が膨張する前に地球自体が太陽に飛び込むか、加速して太陽系から飛び出してしまうかも知れない。それは数億年あとのことだが、生命体にとっての異常気象としては、はるかに早く現れる。台風は365日、風速数百メートル/秒の風で、現在のビルなど全て地上から地下に潜っている。地表は厚さ10mもの、ごついコケ類に覆われ、背の低い三角形の、ガラスのピラミッドの様な建築だけがその間から顔を出している。そんな地球の平常への「異常の始まり」。誰もがそれぞれの能力、感覚で記録するのが良い。

秩父を除く埼玉県平野部では、最低気温が30°を越えるようになってきた。最高気温40°より、そちらの方が本当は危険です。これが続けば「夜の熱中症死」が増える。睡眠薬を使用の方、ご用心。知らずに安楽死してしまうかも知れません。