言霊(ことだま)

           「モデルスケッチ」  水彩

言霊(ことだま)というのは、むかし文章を書く人たちの間で「一つ一つの語句、文にも魂が宿り人に伝わるから、けっしていい加減な言葉をつかうべきではない」という戒めとして、よく言われていたらしい。

わたしはひねくれものだから、絵画などの造形表現がそうであるように、革新・破壊をもっとする方が良い、などとまるで今のトランプ氏のような考えで、言霊なる単語自体を軽視していた。

けれど、最近になって、それはわたしの浅はかな理解だったのではないか、と思うことが多くなった。それはむしろ「有言実行」に近い意味を持っているのではないか、ということ。有言云々もまた少し解釈がずれるが、それ自体が逆説的な言い方であって、「『実行(実現)したいならば』有言する意」でもあり得ると。
 他人に対してだろうと、自分に対してだろうと「言葉に出して言う(書く)」ことは、その瞬間からそれは自分を離れて独立した一つの「新たな存在」となる。その存在が自分を縛り、同時に先へ進める推進力ともなる。そんな意味を持っているのではないか、ということである。むろん、もともとの意味は初めに述べた通りであろうが。

言葉を慎めと言うだけでなく、可能にしたいことを言葉にすべきだということ。そしてさらに言えば、望まないことを言葉にしないということにもなるかもしれない。いわゆる「忌み言葉」には、きっとそういう感覚が宿っているのだろう。言霊のほうが自分より上位になって、自分自身を変えかねないという、ある意味で怖い感覚でもある。「良き言葉、悪しき言葉も自分に還る」それが言霊の真意ではないかと。

日の温み

関東地方の一部、わたしの住んでいるあたりはここのところずっと晴天が続いている。たまに強い風もあるが、飛ばされるほどのこともない。まあまあ、穏やかな年の瀬だと言っていいだろう。

地球の人口は2024年で81億人を越えている。プランクトンとかハエとかそういうものを除けば(いや、ハエより多いかもしれない)、いわゆる動物の中で、人類ほど多くいるものは他にない。

食料とエネルギーを他の動物から奪い消費するだけでなく、知識を使い、加工して新たな資源として利用することができたからだ。しかし、一人の人間が100年も200年も生きてはいられないように、あらゆるものには限界がある。地球上の陸地の上にたとえ500億人が立つことができたとしても、立っているだけでは人は生きられない。木も草もなく、鳥さえいない地平線の向こうまでぎっしりの人間が、坐ることさえできずにただ立っているだけでは、それはもう「繁栄」という名の、地獄と呼ぶしかない地球の姿だ。

もちろんそうはならない。そこまでいかないうちに、人類は殺し合って半減するはずだからである。地球の平和は、人類が滅びることでしか生まれない―そんな妄想さえ浮かぶ年の瀬でもある。穏やかで温かい日差し。それは誰にも公平に分け与えられている、と思うのは浅い夢に過ぎない。多くの場合奪いとり、奪われるものとして、人類は生きてきたのだった。
 この子も、食料とエネルギーと平穏を奪い取られないように、ずっと思案を巡らしているのかもしれませんよ。

冷めたコーヒー

スケッチ

前にも書いたかもしれないが、ライフルでの狙撃の世界記録(忌まわしい記録ではあるが)は3800m。現在進行中のウクライナ戦争で、ウクライナのスナイパーがウクライナ製のライフルを使い、ロシア兵を狙撃したとウクライナ保安庁(SBU)が主張し、すでに世界中に知られている。

軍や軍事関係者、武器製造メーカーなどにとっては実戦での記録だから、オリンピックでの100m走の世界記録などよりはるかに有用な記録であるに違いない。わたしが想像するのは、撃たれたロシア兵がその時なにを考えていたんだろう、ということ。戦争だから、いつどこで撃たれるか分からないという覚悟を家族の中には置いてくることができたにしても、彼自身にとって覚悟などという言葉には何の意味もないほど遠くから、現実の死はやってきたに違いない。

同じくウクライナ戦争での話題で恐縮だが、ウクライナに供与されたF16戦闘機が墜落した。味方の誤射によるものだと公式発表があった。このパイロットは非常に優秀かつ人望の篤い人物だったらしく、ゼレンスキー大統領がこれに激怒し、即日空軍司令官が解任されたという。

数日前、わたしの叔父が故郷で病死した。自分に何が起こったか知る由もないロシア兵と、少なくとも必ずしも生還できないかも知れないと思いつつ出撃したはずのパイロットと、家族に看取られつつ亡くなった叔父との、それぞれの死の意味が、わたしには解らない。死には意味などなく、単に「死」なんだろうな、と今この瞬間は考えている。
 家族の中で、いちばん離れて暮らしているのに、なぜか私だけが祖父母、両親の死にたった一人だけ立ち会った。不思議な死の縁。