発表能力について

日本、アメリカ、フランスの子どもの思考法と、それをかたちづくる国語教育に関する、専門家の面白い小論を読んだ。国際的な学力テストで、特に自分の考えを述べる記述的な分野で日本の子どもたちの順位が落ちている原因かなと、興味を持って読んだ。

それによると、日、米、仏の小学校での国語教育の目標と方法論に大きな違いがあるという。そしてその思考法が大学にまで繋がり、少なくとも国際的な発表とか、その評価において大きなハンディとなっているというのである。

例えば、私たちは①自分用の日記の書き方②親しい人への手紙の書き方③公的な手紙の書き方④エッセイ⑤課題レポート⑥発表文⑦記録文⑧詩⑨小説⑩論文…などと形式を書き分けられるだろうか?「見たこと、感じたことを『正直に』書く」しか教わってこなかったのではないだろうか?アメリカでは小学校低学年でも14もの文章形式(中、高では18)をそれぞれ「訓練」するという。フランスでは、語彙、動詞の活用など、文法の理解を徹底するという。それが彼らの常識らしい。

能力的な問題ではなく、方法論の問題だ。「自在に文章を操り、自分の主張をきちんと相手に伝える」には実際にはどうすればいいのか。日本では子どものときこそ自由に、欧米では幼少時こそ基礎を最優先、という方法論の違いは、国語教育に留まらず、大人になってからの思考法にまで繋がっていると読めた。

これは暴挙ではなく、愚挙

また、政治ネタを書いてしまう。自分でも嫌なことだが。

前原民進党代表が小池氏に党を丸投げした。こんな無責任な党首はこれまで見たことない。それを参議院も含め全体として了承したというのも信じ難い。全国の党員、支持者を無視した暴挙、愚挙だ。

ある議員は「支持者がこれを理解できるかだ」と言ったが、理解できるのは政治的「曲解脳」を持った動物だけだ。前原氏は「勝つためには何でもする」といったがそうではなく、これは民進党の完全降伏だろう。

「希望の党」中に入り、いずれ中から食い破って民進党になる、という見方もあるだろうが、前原氏自身、もともと自民党よりの思想の持ち主だからそれはないだろうし、安保法制、改憲戦争化を小池氏が踏み絵にするというのだから、民進党議員と言ってもかなり右に近い人しか行かないはず(普通の知性の持ち主なら)。獅子身中の虫に、など考えるわけがない。

彼を党首にした時点で危ないとは思ったが、これは支持者だけでなく、日本の民主主義自体を愚弄した挙句の、虐殺行為というしかない。

新自民党を小池氏と作るという、極めて確信的な裏切り行為に、民進党を組織、資金ごと強引に引き込むというのが彼の本心だったのだろう。既に離党した細野氏に「いずれまた一緒にやろう」と発言したのは、このことだったのだ。

無題

無題

すごく疲れている感じだが、振り返ってみると仕事らしい仕事は何もしていない。坐っているだけのような感じ。眠れば良さそうなものだが、この好天がそれを妨げる。

痛みというものがこんなに疲れるとは思わなかった。1ヶ月半ものあいだ、坐っても寝ても痛いという経験はこれまでなかった。何年もこんな痛みを抱えたまま気力を失い、やがて亡くなっていく人はどんな気持ちで死んでいくのか、そこまではまだ解らないが、本人も家族もホッとした気持になるかも知れないとは、思う。

昨日の台風は日本各地で大きな被害をもたらした。そして台風一過のこの暑さ。頭の働かないのが、暑さのせいだか何だか、よく解らないんだなあ。