錯覚の効用

クリスマス・ローズ

「錯覚」というのは、ともすればマイナスイメージのある語だが、脳科学的にはずっと積極的な意味があるようだ。

「自信」もその一つ。単なる錯覚の「一症状?」。逆に言えば「自信喪失」も同じことの表と裏。いや、表とか裏とかの区別自体も錯覚かも知れない。

無限の可能性を信じつつ、コントロールを超えたアクション(絵ならば手の動き?)が重なる時、そこに「自由」が生まれる、ようです。どちらも簡単ではなさそうですが、両方とも錯覚だと思えば案外できるのかも。

忘れてならないものは他にもある

窓辺のプリムラ

6年前の今日、あの東日本大震災があった。あの災害は自然災害と人災が引きずられるように連動し、史上最悪の災害となった。ここ一週間ほど、毎日報道され「忘れてはならない」と呼びかけられている。

忘れてはならないものがもう一つある。被害者差別である。東日本大震災だけではない。被災した人々を追い討ちする、「金を手に入れた」。どこで誰がどう流すのか知らないが、いかにも事細かく、まるで事実であるかのごとく、まるで詐欺でもあるかのごとく、水が流れるように素早く、隅々まで流れていく。

それは底辺へ行けば行くほど、そこが乾ききっていて、水が染みてくるのを待っているということでもある。そこでは清水も泥水も区別がない。幸福や希望や家族を売って金にしたわけではない。のに、金額だけ(それも、部外者でなければ知り得ないほどリアルな)が水面に浮いたゴミのように流れていく。

この貧しさが、経済大国日本の、そして私たち自身のもう一つの顔であることも忘れないようにしよう。

声 / Natural Voice

干からびた鬼柚子

朝夕BBCのラジオを聴き、記事を読むことが目覚めと就寝時の日課になった。

そこでトランプ大統領の肉声をよく聴く。意外に親しみの持てる声だ。「声の魅力」が大統領当選に案外威力あったかも知れない。

松本清張の小説に声をテーマにした小説があった(題名はすぐに思い出せない)が、声の想像力(喋り方を含めて)をバカにはできない。世界の音楽シーンをチラと思い出せば十分。ルイ・アームストロングの「What a wonderful world」に、聴くたびに引きずり込まれるのは、あの声の力に違いない。