東日本大震災から15年

          「モデルスケッチ」  鉛筆、水彩

2026.03.11 は東日本大震災から15年。数日前から多くのメディアで震災の映像が流されていた。わたしもYouTubeなどでたくさんの映像を、ついつい見ることになった。

災害は明日にでも、いや今すぐにでも起こりえるし、また世界の各地では実際にこの瞬間にも発生しているかもしれない。それでも現代では情報のデータの処理能力が当時とは比べ物にならないくらい早く、伝達も早い。今年から「線状降水帯」への警報が発生2~3時間前にできるよう精度をあげたと、気象庁が発表している。それで防げる被害も多くなると期待されている。

一方で人為的に起こる(引き起こされる)災害もある。戦争を災害というのは正しくないかも知れないが、多くの人がほぼ無抵抗に翻弄されるという意味ではよく似ている。かつて「公害」という言葉が広まった時代があった。公害自体は今でもたくさんあるはずだが、慣れてしまったのか、最近はあまり聞かない気がする。
 東日本大震災での津波被害は視覚的に生々しいので記憶されやすいが、のどに刺さった魚の骨のように飲み込めないのが、原発事故で発生した「核燃料デブリ」だ。東京電力のホームページなどを見ると廃炉への行程などが整然と表示されているが、全く見通しが立たない、というのが現実らしい。希望的というか、理想を掲げた「行程表」なのだ。

防げる災害は防ぐのが人類の智慧だ。そうやって発展してきた歴史の、その最先端に常に戦争があるという逆説。人間とは賢いのか、バカなのか判らない生き物だ。

欲望、破壊、平和(賞)

       「欲望・破壊・平和」  ペン

2月28日のアメリカ・イスラエルによるイラン戦争が開始されてから間もなく2週間になる。アメリカ・イスラエル軍の圧倒的武力の前に、イラン革命防衛隊およびイラン軍はほぼ壊滅状態だ、と報じられている。

攻撃の表向きの理由は、イラン政府が民衆を弾圧、多くの市民を死傷させているのが、「人道上」許せないという「正義の番人」の役目。もう一つあとから出てきたのは、イランが核兵器完成直前で、あと1週間も待てば「核保有国」になるという非常事態への対応として。

「正義の番人」はかっこよすぎるだろう。ウクライナ戦争では悪の応援団長なんだし、民間人をロシアがいくら攻撃しようとも、なぜか眠ったままの「正義感」をお持ちだ。核兵器云々は後付けのガセネタに決まっている。
 「大量殺戮兵器」を隠しているという理由でイラクを攻撃した、イラク戦争を思い出す。いくら捜索しても「大量殺戮兵器」なるものは発見できなかったが、「民衆を弾圧した」という理由で、当時のフセイン大統領を裁判にかけ、けっきょく死刑にした。犯罪理由のすり替えという、とんでもない手法。そんなやり方でアメリカは、ノーベル平和賞を受賞したオバマの時代でさえ「好き勝手」をしてきた。ちなみに、当時でさえ歴代アメリカ大統領で、最も数多くアメリカ軍を出動させたのはオバマだと言われていた。

確かにイランの女性にとってトランプは一時的には救世主のように見えるかもしれない。でも本当に(本当なわけないが)イラン国民に共感するのなら、戦争というかたちを取らなくても、他に正義を発揮する方法はあるはずだ。トランプ得意のディールの種が尽きたということか。娘婿のクシュナーに洗脳され、プーチンにたぶらかされ、ネタニヤフにそそのかされたうえ、カネのニオイにつられて自信満々戦争の泥沼に足を踏み入れたが、どうやってそこから抜け出るつもりなのか。
 国連の上に作ろうとしている「平和協議会」なるものが、ただの欲望組合にしかなり得ないことが、これだけで十分すぎるほどわかる。