モヤモヤのこと

人形  F4  水彩  2011

久しぶりの銀座でのグループ展が終わった。一年ぶり。最近は殆ど発表しなくなった。発表できなくなったというのが実情だ。描けなくなったというのはさらに真実に近い。

描けなくなった理由はいろいろあるような気がするが、一番は何と言ってもモチーフと画材を一度に換えた変えたことだ。モチーフを換えたといっても、自分なりにはそうは思っていず、そこにたどり着いたのだと思っているが、人の目には「あ、また換えた」とかんじられるらしいが、私の場合、同じモチーフがある期間を措いて繰り返し現れてくる。これは意識してやるのではなく結果的にそうなのだ。でも、また換えたのかという言葉は、いかにも一回限りの思いつきだと言われているようで案外につらい。

モチーフは画家にとって極めて重要だ。絵はただ描けばいいのではなく、一つの思想表現でもあるから、それを現わすのにふさわしく、感覚的にも適切なものでなくてはならない。私の場合、モチーフはふさわしいのだが、表現的には今一つしっくりこない。もっと慣れることも必要だし、構成法にも問題はありそうだし、他の問題も含め、その辺がモヤモヤと解決できずにいる。

描けない、発表できない理由はそのモヤモヤ未解決のせいだ。それがある程度見通せたらパーっと十歩くらいは前に行くだろうという予感はあるけれど、未だに予感のままで数年たっている。

リズムについて

風景 F4 水彩 2011

最近出かけることが少なくなったから、相対的に制作時間が増えてきた。これは歓迎すべきことである。画家には制作のリズムが欠かせない。それを忙しさの中にも維持しなければならないが、いつの間にかみずからそれを壊してしまっていたことが、あらためて見えてきた。制作時間が増えれば自然に自分のリズムを取り戻すことができる。

誰だったか忘れたが、人間とは過去の塊だ、という意味のことを言った人がいる。過去とはあらゆる可能性の廃棄処分場であり、今とは単に偶然とか運命としか呼びようのない「可能性の幻」だ。それでは考えたり、努力することは無駄なのか?― 実はそうなのである。動物は決して努力などしない。努力とは人間を動物から分け、自らが人間を含む他の動物から搾取する存在になるために考え出した政治的な嘘の美名でもある。ところが体のリズムはその嘘を簡単に突き破り、私たちもまた動物そのものである事実を否応なく突きつけてくる。

それは自分に嘘をつかず、過剰な欲望を持たず、真摯なる「無目的(無自覚という意味)」に生きるという、動物のごく普通の姿である。もっとも、これではあまりに素朴な人間・動物観だと言われるかも知れないが、どうも原点はその辺りにあることを忘れ過ぎているような気がしてならない。  2011/7/3

アトリエの友

アンスリウムなど  f6 watercolor 2011/6/4

アトリエの友とは、アトリエの必需品のこと。画材以外の、たとえば制作の前に必ずお線香をあげる人がいれば、それのこと。私の師(彫刻家)はそうだった。もちろん蚊取り線香ではないよ。非常にいい香りの(白檀という香木を原料にしたもの)、長さ30センチはある線香をたて、自分への誓いをつぶやき、確認してから毎日の制作に入っていた。燃え尽きるまで2時間以上はかかったと思う。私も一時真似をして、それより1ランク下の線香を立ててから制作したことがある。とてもいい香りで確かに落ち着き、集中力が増すような気はしたが、お金が続かなかった。毎日1本となるとね。その頃は筆もほぼ毎日1本擦り切れ、年間300本の筆を消費していたから、そちらのお金が優先だったし。・・・今よりずっと頑張っていたなあと思いだすと、ちょっと悔しい。

今はデッキチェアがアトリエの友だ。最近は睡眠時間が滅茶苦茶になってしまい、夜・昼関係なく、いつ眠くなるかわからなくなってしまった。運転中に急激に眠くなり、ぶつかりそうになったことも何度か。夜も眠くなるから寝るというのでなく、寝ないとまずいから寝るという感じ。制作中突然眠くなる。ほんの少し時間を措くと、もう眠ることはできないので時を逃さず急いで眠る。折りたたみのデッキチェアとアイマスクが今は必需品。二か月前は考えもしなかったが。

S氏という画家がいる。顔だらけのユニークな画風で有名だが、この人のアトリエの真ん中には何故か「島」がある。床を海に見立てると、二段ほどの崖を経て上が平らな、二畳ほどの広さの台地状の島に見える。眠くなればすぐ横になるための設備だという。

ある美術雑誌に掲載された、この島に寝転んでいるS氏の写真を見て大笑いした。画家のアトリエとは想像もできない、まるで阿片窟(見たことはない。想像で)に横たわる中毒患者そのままの異様な感じの写真だった。お客とはこの2畳ばかりの島で向き合ってお茶を飲む。男同士ではあまり居心地の良くない島だった。  2011/6/4