絵画教室の人々−1

ウィリアム・ブレイク 憐れみ 水彩
ウィリアム・ブレイク 憐れみ 水彩

※これは架空のお話。実在の人物とは何の関係もありません。誰かに似ていても怒らないで。

私は絵が好きです。子どもの頃は「上手ね」とかおだてられて、褒められたさに一生懸命描いたのが懐かしい。学校の先生が校外展に出してくれて賞状なんかもたくさん貰ったのに、学年が上になると、なんだか絵を描いているだけで周囲から白い目を感じるようになった。本とノートを開いているだけで親が喜ぶのが分かるようになって、いつの間にか絵を描かなくなっちゃった。…そして絵のことを忘れてしまっていた。

ン十年経って、ふと思ったんだ。「お前はわがままな子だ」とか親類にも言われ、そんな気もして肩を細くしてたけど、本当はわがままどころか、やりたいことを我慢して生きてきたのかも知れないなあって。私っていつも気がつくのが人より遅いんです。

ゲージュツの道は険しく遠い(らしい)。その長〜い道程から見れば先生も私たちも大した違いはないだろうが、隣の席にちょっと先生が筆を入れると、急になんだかよく見えてしまう。もう先生の絵に洗脳されちゃっているのかな。ベテランはその辺がわかってらっしゃるのか、「先生、これちょっと良いでしょう?」と挑戦的に見せる。本当に満足しているのか、「手出し無用」とバリアを張っているのかは、新人では窺い知れぬ奥深さ。

私などこうはいかぬ。先生の顔を見るなりなぜか謝ってしまう。「済みません。全然思うように描けなくって」。思う通りに描ければ教室になど通わないと、頭の中とまるっきり正反対のことを口が勝手に喋ってしまう。自分の口ながらコントロールできず。口の代わりに手が勝手に絵を描いてくれれば嬉しいのだが、どうも自分の手は筆(と包丁と掃除機アンド洗濯機)に触るのは、遺伝的に苦手らしいのだ。それは私のせいではない。

 

 

「ばか!」

飛ぶ男 P20 2013
飛ぶ男 P20 2013

上手にボタンをかけることができない男の子が1人。

その子より幼い子でもちゃんとできたから、それは男の子が幼すぎたからではない。

男の子は初めて自分でかけたボタンをかけ違った。大人のしぐさを正確に真似たつもりだったが、そして十分に動作を呑み込んでからボタンをかけてみたのだったが、ボタンとボタンの穴はひとつずつずれていた。

彼は急いで全てのボタンをはずし、やり直した。しかし再びボタンはひとつずつずれた。彼は意地になり、何度もかけなおしたが、その度にボタンは意地悪くずれるのだった。

いや、実は何度かきちんと合ったこともある。けれど、彼は偶然にできたことに納得がいかず、必ずぴったり合うための「秘密」を知ろうとした。

それは彼にとって、大変な難問であった。どうして他の子はいつもちゃんとできるのだろう(彼にはそう思われた)と思ったが、その子に直接「どうやるの?」と聞くことはなかった。

「こうやるんだよ」と自慢げにやって見せられるだけでは、秘密は明かされないと彼は考えた。自分ができることと、人に説明できることとは別だ、と彼は本能的に悟っていた。それに、そんなすごい秘密を簡単に教えてくれるはずはない、と大人っぽく先回りして考えていた。

やがて、男の子は指から血を流しながらすべてのボタンを引きちぎり、地面に投げつけて何度も何度も踏みつけた。ボタンのせいではないと解ってはいたが。

1人の女の子がそれを見ていた。

その子はいつも自分でちゃんとボタンがかけられたが、なぜ自分がうまくできるのかなど、考えたことも無い。そんなの、彼女にとって当たり前のことにすぎなかったから。

女の子には、男の子が異様なほどボタン遊びに熱中しているように見えた。そして彼がついにボタンを踏みつけた時、まるで自分が踏みつけられたように感じて、思わず叫んでしまった。

「ばか!」                                2013/8/1

 

肉を喰わない犬

肉を喰わない犬がいた。

それは骨を喰う犬である、というより骨しか喰ったことのない犬である。

本来、犬は肉が大好きな動物である。骨と肉を一緒に食べることはあっても、肉を措いて骨だけ食べる犬はいない。

この犬は、貧しく、肉を喰ったことがないのである。わずかに干からびた肉のこびりついた骨が、この犬の最大のごちそうであった。かすかな肉の匂いと、歯にこすれ、唾液に溶けだした薄い肉の味のする骨が、この犬の大好物であった。

時々は、すこし多めに肉がこびりついていることもあり、そんな時犬は躍り上がって喜んだ。「なんてうまい骨なんだ!今日はついてるぞ」。普段は、骨にすらありつけない犬は、乾ききった、パサパサの骨ですら、見つけるたびにしゃぶるように、惜しみながら喰うのだった。

長い時間が過ぎたある日、肉の塊が犬の目の前に落ちていた。肉屋が紙に包んでくれた肉を袋に入れたおばあさんは、その袋に穴があいているのに気がつかなかったのだ。             「これは何だろう?随分うまそうなにおいがするが、食べたことのないものだ。こんなものを食べて腹を壊したら大変だ。この間も腐りかけた残飯を食べてひどい目にあったからな」。

しかし、目の前の新鮮な肉からは、とてもいい匂いがする。犬は思わず叫んだ。「ああっ!これが骨だったらなあ!」

犬は誘惑から逃れるように、急いで走り去った。

魚を喰わない猫がいた。ホウレン草が好きで、なぜか、特にその赤い根の部分が大好きである。奥さんが買ってきたまま台所に置いてある、まだビニールの袋に入ったままのホウレン草を見つけると、喉を鳴らしながら顔をすり寄せ、体をくねらせながらホウレン草の匂いを楽しむのだった。

やがて鋭い爪で袋を破り、ホウレン草を引っ張り出す。好物の赤い根を横に咥えながら、シャリシャリと齧り始める。

奥さまは、ホウレン草のおひたしが大好きである。

久しぶりに、ちょっとお話を作ってみました。         2011/5/9