そろそろ終わりにしようかな。

休息する雲(未完) F15 2012

前のアップロードからもう3週間も経った。続けて書くことはあったが、少し間をおこうと思っているうちに時間が経ってしまった。せっかく久しぶりに書いたのにこう言うのも申し訳ないが、そろそろこのブログもやめようかなと考えている。

もう一つはブログの意味が薄くなってきたこと。初めは絵日記の延長のようなつもりでいた。数人の友人に、こんなことがあったと近況報告するような意味もあった。そこへ思いがけず様々なコメントで励まされたものだから、つい意識して頑張ってしまった。が、絵日記の延長という本来の趣旨に戻れば、もっと小さく、自分だけの話題に戻っていくことが自然で、大事なことだと思っている。自分としては残しておきたい記録ではあるが、それを人が見たところでどうということもない話題にすぎないし。

そんなわけで、近いうちにこのブログを閉じようかなと思っています。最終回までにもう1、2回は書くかもしれないが、黙ってすうっと閉じることになると思います。

アンスリューム

アンスリューム 水彩F4(部分) 2012

最近またパソコンが不調だ。昨年暮れにかなり大がかりな交換をしたのだけど。

これまでは不調の時はうまく対処できず、しばらく放っておく。すると何故か(今のように)機嫌を直してくれたりする。デジタルだから機嫌なんてある筈もないが、あんがいデジタルは見せかけで、実は液晶画面の裏で小人たちがせっせと働いているのかも知れない。特に給料も払ってないからちょっとストライキを起こしているのかも。だとしたら他の、パソコンを駆使(酷使)している人たちに比べたら、君たちは寝ているようなものだよと言ってやりたいが、コンピューター言語というものを知らないから、彼らとの交渉はできないのだ。

小人はせっせと働いているが、自分が何のために(あるいは誰のために)働いているかを知らないのだった。私も(小人たちに)給料を払わずに済ますためには、これ以上は口を慎んだ方がよさそうだ。なにしろ彼らは、この液晶画面の裏側から直接覗けるところにいるのだから。

アンスリュームにも実にいろいろな種類があり、それも原種に近いものまで店頭で売られているのに驚く。私の好みでいえば、原種に近いものほど野性的で(当然か)好きだ。このアンスリュームもそう。まず色の黒いのが良い。白人の青い瞳より、黒人の黒い瞳の方が好きだ(何の関係も無いが)。暗い森の中の黒い花、暗い夜の草原を疾駆する、カモシカのような足首の黒人の男女は美しいイメージだと思うのだが(これも関係ないか…)。

余った時間 / Spare time

戸口のヌード / Nude front of the door

世界中で「テレビを見るなど、ぼうっとしている」時間は、集めると一年で一兆時間になるらしい。その時間をネットでつないだら創造的な時間になるのではないか、というような記事を読んだ。確かに、一兆時間という天文学的ともいえる時間が、無駄に流れてしまうならばいかにももったいない。もっともな提案だという気持ちになる。

1609年にケプラーが、太陽系の惑星が太陽を中心とした楕円軌道を描いているとした論文を発表したとき、それは当時の社会にとってどんな意味を持てたのだろうか。400年後の現在から見ればいかにも重要で、その後の天文学に偉大な貢献をしたことは間違いないが、当時の人々がそれを創造的だと評価できたかは疑問だ。仮に、もしもケプラーがその法則を発見する直前で亡くなったとしたら、ケプラーが考え、計算に没頭した時間は無駄な時間と呼ばれてしまうのだろうか。

「テレビを…」についてケプラーまで飛躍しすぎた。一兆時間をネットでつなげば凄いことが出来るかもしれないし、単なる一兆時間の烏合の衆で終わるかも知れない。ただ、みんなが「ぼうっとする」時間を捨てて一斉にネットにつながったら、確実に創造的な何かが抜け落ちてしまうことだけは間違いない。ヌードを描きながら、全く別のことが突然頭に浮かぶことだっていくらでもあるのだから。