21個のヒメリンゴ―“チャンス?”

「21個のヒメリンゴ」 2020.11

失敗作のビデオです。手を動かしても普通に見えるようになるはず、と計算したつもりだったが、あとから考えると映像の基礎知識がずどんと抜けていた。しばらく放置していたが、失敗も面白いと考え直した。

油絵や水彩画を描くことと、パソコンで絵を描くこととのあいだに本質的な違いはない(はず)。水彩絵の具を使えば水彩なりの発想をするし、油絵具を使えばそれに対応した感じ方をする。パソコンを使えばパソコンなりの発想があるだろう。そこに流れる感性やものの考え方が、道具次第で別人になるわけではない。

とはいえ、実際に使ってみるとずいぶん勝手が違う。特にパソコンは実材(実際の材料)ではなく、あえていえば架空の材料で絵を描くものだから、「絵」という言葉を辛うじて共通させているだけで、正直に言えば私にとっては別次元のものに感じられる。パソコンは知識の塊だから、私のように感覚的な人間には、ときにはいらついて放り出したくなる。

それでもある瞬間には、絵の具をまぜるとか、乾燥を待つとかの手間なしに、すっと自分の頭の中の映像を表現しているような気持になることもある。絵を描くということにとって、道具の違いは本質的なものではない、と書いたばかりだが、でも、待てよ。それは、これまで空気に触れてこなかった私の中の、私自身も知らなかった部分が露出、研ぎだされているということではないのか。そこに新鮮な自分を見つける”チャンス”があり、それを引き出すのは道具の力なのではないか。そんなことも考えながら、いろいろやってみる。

柔軟なこころ

ウォーキング中。誰かがきれいに枯葉を掃いているようです

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。さて、恒例の箱根駅伝はコロナ禍下無事開催され、駒澤大学の劇的な逆転優勝で終わった。「最後まで諦めない」が心に残った、とラジオ解説の金 哲彦さんが言っていた。

確かにそうだ。と同時に、「ブレない心」というのも最近までよく聞く言葉だったなあ、とウォーキング中実況を聴きながら考えていた。

何かを達成するには、確かにそういう気持が必要なことがある。けれど、だからといって私は100%賛成はしない。そういう一心、一途さは、どんな場合でもある種の危うさを含んでいると思うから。それに、そういう気分を醸成する環境にも、なるべく冷静に距離をとって見ようとする。

私は柔軟な心を愛する。優柔不断とは違う。ある時は毅然として決断しつつ、間違っていると思えば躊躇なく自分の考えを改める、そんな心を愛する。けれどそんな心を持つことは簡単ではない。つい、意地を張り、自分が間違っていることがわかっても、ぐずぐずと理屈をこねてしまう。正しいか間違っているかということと、勝ち負けは次元の違うことだと頭ではわかっていても、誤りを認めることは負けることのようについ感じてしまう。まだまだ了見が狭いのだ。今年はちょっとだけでも「柔軟なこころ」を持ちたいな。

ダイエット

「ホネ貝と西洋梨」 水彩 F4

メタボ予備軍との判定をきっかけに、渡りに舟とウオーキングを始めたことは何度も書いた。早朝ウォーキングが以外に気持ちよく、それが続けられた理由であることも書いた(急激に始めたせいで少し膝を痛め、自重中)。プラス面だけでなくこんなマイナス面もあるが、足腰がしっかりしてきた実感もある。

けれど「メタボ予備軍からの脱却」という目標から考えれば、まずは「体重を減らす」ことが最優先課題だ。運動は健康には有効であるものの、体重減少という点ではあまり有効ではない。本命は「カロリー制限」である。

前提条件として、自分の「適正体重」というものをまずは知ることから。多くの人にとってはすでに常識なのだろうが、自分としてはまともに向き合ってこなかったから、基礎知識が全然足りないことを感じた。私の場合、適正体重は現状から-10kg。だが、それはすでに「絶望的」。

私は「適正体重」の方を諦めることにし、とりあえず2ヶ月で―2kg。これならたやすく達成できそうだ(と最初は思った)。目標体重と仕事の内容(肉体的か事務的かなど)から、必要カロリーを計算する。私の場合、体重1kgあたり25~30kcalとして、それからここ数日に実際に摂ったカロリーを計算してみると、「恐ろしい」現実が・・・。気を取り直して、目標カロリーを「3食+おやつ」に振り分け、実際のメニューとカロリー表とを試算してみると、にわかにメニュー」が「仮想現実」感を帯びてくる。「小太り」のままでもいい理由を探しはじめる…。