運動のご褒美は「健康という理想」だけ?

公園にて(2020.11.21)

運動不足とストレス食いによるコロナ太りを自覚していたが、10月の集団?検診でやはり引っかかった。「改善する気はある」に☑を入れたため、12年ぶりに保健指導を受け、今後2週間の「改善実行レポート」提出を課されることになった。

毎日適度な運動をすれば身体に良いことくらい、指導されるまでもなく誰でも知っている。けれど、つまらない風景の中を毎日歩く気がしないし、老人が毎日一人でボールを蹴ったりなどしていたら変人扱いされかねない。「健康のためなら死んでもいい」という有名なブラックジョークを思い出すが、変わらない風景の中を毎日せっせと歩くなんて、目的意識は理解できるが、風景に対する感覚が麻痺しているのではないかとさえ思う(だから続けられるのかも)。

とはいえ、歩けなくなるのは困るし、体重増加がどんな結果をもたらすかは日々実感するところだから、積極的にやれるならそれに越したことはない。風景に変化があれば、それだけでも楽しい。運動にも具体的なご褒美は必要だ。というわけで、子どもが小さい頃よく連れて行った公園へ。

斜面を登り、写真を撮り、気が付くと貸与された万歩計が10000を超えている!先月のある日など、スマホのヘルスチェックによると、一日30歩(病気で寝ていたわけでもないから、数字自体が疑問だが)。確かに風景効果はありありだが、そこまで車で片道11分というのは「かなり遠く」、毎日のコースには向かない。それに毎回斜面のぼりなどやってもいられない。運動するには、健康という「理想」以外の具体的な何かが必要だ。

投稿者:

Takashi

Takashi の個人ブログ。絵のことだけでなく、日々思うこと、感じることを、思いつくままに書いています。このブログは3代目。はじめからだと20年を越えます。 2023年1月1日から、とりあえず奇数日に書くことだけ決めました。今後の方向性その他のことはぽつぽつ考えて行くつもりです。

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