きれいで、気持ちのいい絵って、ダメなんですか?

「Apple のある風景」  2019

「きれいで、気持ちの良い絵って、悪い絵なんですか?」と時々聞かれる。もちろん、そんなことはない。質問者は絵を描いている人。自分できれいだなと思うものを、気持ちよく描くと、先生や仲間に、そんなの面白くないと言われることに、時々疑問を感じつつ描いている。ある日とうとう聞いてみた。

そんな人はきっとたくさんいるはず。結論はすでに述べた「そんなことはない」。それなら「そんなの面白くない」という人が間違っているのかといえば、そんなこともない。それは、描く側か見る側かの「立場」によって見方が変わる、ということに関わる問題でもありそうだ。

「創作する」というのは、簡単にいえば「新しいこと(もの)を作り出すこと」。ふつう絵を描く場合、誰かのコピーをしているのでない限り、自分の見たもの、感じたものをとりあえず真っ白のキャンバスに、自分勝手に描く(たとえ出来が不満足でも)。一方「鑑賞」とはまず「観る」ということだが、嫌いな絵はとばしても、好きな絵はゆっくり心ゆくまで楽しむ。それが基本的な鑑賞の態度だ。そこでは「新しさ」や「自分勝手」など探し出す必要もない。ただ好き好きに従って味わえばそれでよい。

そこで、最初の質問はこう言い換えられるかも知れない。「きれいで、気持ちのいい絵を見ました。私もあんなふうに描きたいのですが、それではだめなんでしょうか?」。今度はこう答えよう。「だめです。それでは創作になりません」。気持ちの良し悪しではなく、「そんな風に」がダメなのである。少なくとも「自分流」でなくてはダメなのである(実際はとても難しいことだが)。厳しいといえば厳しい。でも助け舟。自分流を押し通せば、きっと楽チンで気持ちいい。矛盾することではないのだ、たぶん。

Apple 3

「Apple」 F4 tempera-oil 2019 (unfinished)

人が見たら、取り憑かれたように「Apple」を描き続けているように見えるかもしれない。確かにここ3ヶ月ほど集中的に描き続けてはいるが、取り憑かれているわけではない。この集中は制作上のいろんなケースを想定しながらの、いわばケース・スタディというか、思考の洗練度アップのための期間だと考えれば解りやすい。

若い頃はこんな描き方はしなかった。思いつくまま描けば、それがベストだった。次々と溢れてくるアイデアに制作が追いつかなかった。今もアイデアは浮かんでくるが、なんだか昔の焼きなましのような感じもする。一巡も二巡もしてしまったのかも知れない。ならば、逆にじっくり一つのアイデアを深くしてみよう、深くできないときは(職人的だが)完成度を高めるとか、そんなふうに考えている。

最近、絵というものは一枚で完成するものではなく、結局一生描き続けた全ての絵のトータルとして、一枚(?)が終わる(決して完成とか、その人の世界などと簡単にいうことはできないが)ようにも思えてきた。大きな木の、葉っぱ一枚一枚が絵だとすると、枝だけでなく幹も根っこも必要。しかも一定の時期には葉を散らし、新しい葉を作りながら少しずつ成長する。そうして太い枝と、無数の葉を持つ大きな木になり、やがて枯れていく。その全体もまた一枚の絵(映画の方が近いか)、そんな感じ。

この絵はテンペラで描き始めた。小さいし、テンペラのまますんなり終わってみようと思っていたが、中心部の茶色(ここはその上に何度も白を重ねていくつもりだった)が妙に美しく感じたので、そのまま残すことにした。そこから方針が変わり、逆に周囲をアキーラで厚めに白くした。背景の黄色はテンペラの茶→テンペラの黄→油彩の黄→テンペラの黄と繰り返している。途中に油彩を挟んだところが経験によるもの。白は油彩でほんのり赤みを帯びた感じにしようか考えているが、元々のアイデアはそのようなニュアンスを拒否し、あくまでフラットに描くつもりだった。なぜ考えを変えたのか、その理由も、そのこと自体の是非を考えることも絵の大切な要素だと思う。

水彩+パステル

「冬・午後」2019 F10 水彩・パステル

水彩+パステルという組み合わせで描くのが、ごく最近の試み。水彩とパステルの組み合わせ自体はごく一般的な方法なのに、自分の中では作例が少なかった。改めて始めてみると、両技法のいいとこ取りができるだけでなく、水彩、パステルどちらのハードルも低くなることがわかってきた。これはとても有用な発見だ。ぜひ多くの人に勧めたい。

ハードルが低くなるという意味は、例えば上の絵では、人物の顔を水彩で描くとき、パステルを使うことを前提にすると顔の色は赤黒い面でグルグルっと塗ってしまえばそれで十分。水彩だけで描くようなデリケートなテクニックなど不要。後はコンテで強い輪郭線、水彩で塗られた面より明るい色だけをパステルで、光を描くつもりで書けばよい。パステルは暗い色が苦手だが、そこを水彩で下塗りをしてもらうので非常に楽に描ける。パステルの色数もたくさん揃えずに済み、一石二鳥。

問題はパステルの定着力くらいかな。定着液でしっかり止めようとすると、パステルの鮮やかな色が沈んでしまう。ギリギリ最小限に留めておく方がよい。まあ、粉末状の絵具は落ちるものだと考え、あまり永久性にこだわらない方が楽しくできそうだ。