あしたのジョー

ここのところウォーキングしていないせいか、腰がまっすぐ伸びない感じで、すっかり歩くのが「下手」になってしまった。歩けないわけではないが、タガの外れかかった木製の人形の腰から上が折れたように、30度くらい前に倒れた格好でガクガク歩くのである。そんなふうにして自宅から約1.5㎞ほどのところにある書店まで行った。

話題の本が並んでいるコーナー。高齢化社会を反映してか、70代、80代向けの本も結構並んでいる。ペラペラとめくってみると、多くが「がんばらない方が長生き(生き生き)する」と語る「老人向け『啓蒙』書」!頑張らない生き方をするためには、これを読んで頑張りましょうというブラックジョークか。

リスキリング(re-skilling、学び直し)だのなんだのと、50代、60代、70代を再戦力化するための「ケイモー」書の類。その棚で、カバーの文字が180°ひっくり返っている。目次を見ると「歳をとったと認識して、頑張らず、自分らしく生きる」ための方策がずらり。(英語など語学の)勉強せよ、毎日歩け、パソコン使え、好奇心持て云々。なんのこっちゃ?そんな、ラジオ体操みたいに他人のリズムに合わせて「自分らしく」生きられると思ってんのか?自分って誰?要するに、カバーは変わったが中身はまったく同じものなのだった。勝者になれ!常にファイティングポーズを取れ。結局はそれしかないのだ、と。

けれど、現実はたぶんそれが正しく、そして多くの人にはそれが出来ないだけのことなのだ。小さくファイティングポーズを取って、小さなジャブで満足するか、大きく構えてKOされるかのどちらか。どっちになろうと「啓蒙書」の人々の知ったこっちゃない。彼らこそ勝者になろうと、必死にファイティングポーズを取るしかないと信じているからである。養老孟司(たけし)さんが書いている。「一匹の虫が飛んできた。元気だ。それ以上なにが必要だと言うのか。」99.99%の人には無縁の言葉だが、それもひとつの真実ではあるに違いない。

iPadを買った頃

Gaban-ブラックペパーを描く

一年以上前のCGスケッチをYouTubeにアップしてみた。iPadを買った頃、買ったはいいが実際、「何にどう効くのか」よくわからなかったので、とりあえずスケッチブック代わりに使って、まず慣れることを目的に10本くらい作ったビデオのひとつ。

さすがに音楽の音量なども全然考えていないし、ナレーションなんて思いつきもしなかった(内臓マイクはあったけど)頃なので、「ビデオを作ってみました」感だけしかない。4分しかないが、スケッチの制作には3日がかりで8~9時間くらいかかったと記憶している。不慣れな編集にもそれくらいの時間がかかったかもしれない。

それでも、今見ると恥ずかしいなかにも、なんとなく初々しい感じがする(たぶん本人だけ)。無我夢中の時(今もだが)を思い出す。技術的なことだけで、他はまったく省みる余裕はなかったが、最近は他の人のYouTubeも見慣れてきたせいか、作り手の気持やノリ具合のようなものをなんとなく感じられるようになってきたような気がする。ベテラン視聴者というのは、もっと厳しい視線で見ているんだろうな、とも想像する。

将棋の藤井聡太さん。(対戦相手だけでなく)誰に対しても怒りの感情を持ったことはないそうだ。怒りを自分にしまい込むのでもなく、それを「なぜこの手を思いつかなかったのか」という勉強不足の方に向けるのだそうだ。偉いものですねえ、あの若さで人間が出来ているよ。24時間フルに将棋に浸かっているんだよね。超・遅ればせながら、わたしも少しは見習いたい。

水温(ぬる)む

「ゼラニウムの構図」編集中の画面から

食器洗いの水が本当に温く感じるようになった。先日は気温27度、地域によっては真夏ごろの気温。30度の真夏日を迎えた地域もすでにある。ガス料金、電気料金の値上げが話題になる昨今、暖かくなって暖房費が減るのは歓迎だが、その先の、夏の冷房費がはや気になってくる。

“コロナ”が収束したわけでは全然ないのに、世間ではもう終わったかのようなムード。政府の意向を受けてか、マスコミもゴールデンウイーク(最近はそう呼ばなくなったような気もするが)の行楽をそそのかす報道に明け暮れている。たしかにこれまでまる2年間ほどの自粛、自粛の生活を通り抜けただけに、政府、経済界が消費行動を煽りたい要請と、解放感を味わいたい庶民の気分が一致、気温上昇とともに舞い上がるのも解らないではない。

ここ十年以上、大型連休だからと出かけたことはない。どうせどこも混雑。ならばと、自宅で休養しながら、溜まっている用事を片づけることにしてきた。でも、実際に用事が片付いたことはほとんどなかった。いま思うのは、やっぱり出かけるときは出かけるのがいいのかもしれないということ。混雑をものともしないエネルギーも、混雑自体を楽しめるアクティブな精神も鍛えられるんだなと思う。すっかり出不精になってしまったことをちょっと反省した。とはいえ、混雑の中にだけそんな機会があるというわけでもないけれど。

要するに、行動力がなくなってきたという実感。何に関しても傍観者的な気分でいることが多くなってきたと実感する。「超」遅ればせながら、一つ一つ、頭も身体も再稼働していきたいもの。暖かくなってきたことだし。さあ、まずは早いところ、やりかけの編集を終わらせようっと。