空虚なすき間

「グライダー(未完)」 水彩

空虚なすき間が嫌だ。難しい話ではなく、単純にプラスチックゴミの隙間のこと。

たとえばわたしが毎日食べるヨーグルトの容器。だいたい400cc入りのが多いが、一度に200ccずつ食べるので、2日に1個容器がゴミになる。紙の容器なら潰してしまえるが、中には硬い、しっかりした容器がある。この頑丈さが何かに転用できるならいいのだが、捨てるとなると、その内側の空間が嫌だ、という馬鹿馬鹿しいような話です。

そこに何か別の捨てるものを詰めこまなくては気が済まない。ぽっかり空いた空間が許しがたいのである。揚げ物のパック、豆腐や納豆のパック、お寿司などの惣菜用パック、どれもこれも許し難い隙間を見せつけてくる。なので、ハサミを入れ、ペッタンコにすると、やっと気持が納まる。けれど、家族がむしろそのことを嫌がるのである。
 家族はプラスチックごみの日、まるまると膨らんだ大きな袋を出すことを気にしない。わたしはペッタンコの小さなゴミにしたい。けれど、わたしも忙しいときはほったらかしで、徹底しているわけではないから喧嘩まではしない。

同じように、ペンケースでも、リュックでもわたしは隙間に詰め込まなくては、なんとなく気が済まないところがある。そうすると、「空虚なすき間を無くす」ことはできるけれど、全体を小さくしたいという本来の欲求と矛盾してしまう。ペッタンコのリュックを背負うのがなんだか心もとない気がするのがその理由である。そんな矛盾した感覚は、生活や文章などにも反映しているかもしれない。ダラダラした、中身の薄い情報、文章は嫌だ(といって、中身の濃い情報や文章ができると言っているわけではない)。
 一方で、絵画や彫刻、建築などの芸術空間はもちろん、生活空間にモノを詰め込むことには苦痛を感じるのだから、わたしの頭の中はずいぶんと自分勝手だとも思う。でも、たぶんわたしは特殊ではない。どころかおそらく、きっとそういう人の方が多いのではないか、とさえ考えている。赤信号みんなで渡れば怖くない、と安心しているけれど。

「大哺乳類展3」を観て

哺乳類の大行進です
レプリカとは違う迫力、ち密さは本物ならでは
修学旅行生たちも大勢見に来ていた

昨日(6/6)上野の国立科学博物館で「大哺乳類展3」を観てきました。展示が凄~いイ!圧倒されるような量と密度。とても一日では見切れませんが、体力的な問題もあり、2時間ほどで切り上げ、買ってきた図録(2500円)を見ています。図録の写真もきれいで内容も最新、値段分以上はあると思います。

修学旅行生たちも大勢見ていました。わたし自身がそうだったけれど、ド田舎の中学生なんかでは、こういう展覧会があること自体、想像できないんですよね。だから、いろいろ不要論のある「修学旅行」も、地域差を考慮すれば必ずしも無意味とも言えない気はしますね。

実は、昨日は(やや義理絡みですが)東京都美術館と国立新美術館での3つの美術展を回って帰る予定でした。帰宅に便利な路線を考えて、先に上野の都美術館へ。デ・キリコ展の出口に「大哺乳類展」のチラシ。開催することは前から知っていましたが、あまりに前すぎてもう忘れていたんです。日にちを見ると今月16日まで。なんてラッキー(^-^)な日、というわけで観ることができました。たまには外へ出かけてみるもんですね。結局この日は5つの展覧会を観、13000歩も歩いてしまいました。

最初に書きましたが、展示内容がすごい。標本の数だけでもケタ違い。間違いなく数年に一度しか企画できないレベルです。館内は子供連れ多いですが、中年以上の自然科学ファンも、カメラ抱えて大勢来ていました。写真OKなので、話のタネに出かけてみてはどうでしょうか。自然科学にそれほど興味ない人にもオススメです。わたしも、先日100数十年ぶりに特定されたことで話題の、ニホンオオカミを写してきましたよ(^○^) 。16日で終わりですから急いでね。

人を愉しませるひと

「飛行機雲」 水彩 2024.06.05

ひとを愉しませるというのは、やはり稀有な才能なんだなーとつくづく思います。YouTubeに意識的にビデオをアップするようになって一年半、あしかけ2年半ほどになりますが、その制作過程を体験することで、そういうことが少しは見えるようになりました。

YouTube以外のSNSはあまり知らないのでYouTubeを例にしますが、人を愉しませるには本人自身の魅力(才能)、たとえば笑顔が可愛い、カッコイイ、特別な知識経験、趣味・技術などもちろん何かは必要ですが、これは突出していなくてもなんとか大丈夫なようです。カメラなど撮影機材への知識・興味、撮影技術も、これもあるに越したことはない(本にはそう書いてある)そうです。面白いものを見つける企画力、これは大事ですが、まあ、やりながら勉強する(とこれも本には書いてある)。だから、誰にでもできます(とやはり書いてある)。 “まあ、なんとか” が少しずつずれていそうですが、まあたぶん、そうなんでしょう。

でも、企画を実際にプロデュースする行動力(マネジメント)が断然違うと思います。それに集中させる時間、体力、経済力?それがわたしのようにちゃらんぽらんに作っている人とはレベルが全然違うのです。ビデオに現れないスタッフがいるチャンネルも少なくないようですが、それらの人をまとめる人間力?も必要ですね。とにかく頭の回転が良くないと続けていくことができないのは確かです。

美味しいスイーツを食べてニッコリするだけで10万回視聴とか、生活には何の役に持たなない話をカメラの前で喋るだけで数十万回とか、よく言われています。特別な中身はないだけに、逆にそれだけで多くの人を魅了し、視聴させてしまうなんて、なんて凄い人たちなんだろうと思います。
 でもその前に、どこのスィーツがトレンドだとか、どんな話が視聴者の心を引き付けるのか、そのリサーチ力がすごくないですか?そしていかにも美味しそうに、ではなく実際に楽しめる感性、アナウンサーがニュースを読むようにではなく、実際に自分に起こったこととして、言語化し、人前で楽しく魅力的に話せる力等々。とてもとても「誰にでもできる」ことではありません。
 人はたぶん誰でも、可能ならば自分自身だけでなく、他の人をも愉しませたい欲求があるんじゃないでしょうか。でも現実として、自分自身でさえ毎日楽しく過ごすことが難しいですよね。それなのに、他人を愉しませてくれるって、すごいことですよね。