失せモノ還る

「窓辺のポインセチア」 水彩スケッチ

5~6ヶ月間見つからなかったスマートバンド(スマートウォッチのようなもの)が急に見つかった。車の、後部座席の前の床に、ポロっと置いたようにあった。ドアを開けたら、すぐ目の間に、「やあ、しばらく」って感じで。

あんなに何度も探したのに。しかも、その可能性があると考えて、荷物も外に出して探しまくったはず。それでもなかったから、気がつかないうちにどこかで落としたんだろうと、完全に諦めていた。昨日だって、そのドアを開け、その床の同じ場所にスケッチブックなど置いたりしたばかりなのに。不思議。

良かった。そんなに高価なものではないけれど、息子が就職したばかりのころ、わたしと妻の両方に買ってくれたものだから、失くしたことは気にしていた。それにしても、どこから転がり出てきたのか、謎のままである。

「わたし」と「わたしたち」

「わたしたち」というとき、「わたし」はすでに誰か他人の陰に隠れている印象がある。複数の中に紛れて、自分を幾分か隠している感じがする。

「わたしは」と一人称で言うとき、それは自分の選択や行動を、他人の誰かのせいにしない、ということにもつながる。それは厳しい世界の始まりになる。一度巣立ったら、鳥はなにがあってももう誰のせいにもしない(できない)。鳥だけでなく魚だって、動物だって、昆虫だって同じこと。イワシの群れ、ミツバチの群だって、ひとつの行動をするとき、その一匹一匹が隣のイワシやミツバチのせいにしているわけではなく、本能的な危機管理能力のかたちがそうなっているだけのことだ。違うのは人間だけ。

逆に言えば、「わたし」を捨て、「わたしたち」を大きくすることで人間は社会を作り、文化を創り出せたのだ、という言い方もできるかもしれない。でも、最近は「わたしたち」では文化は創り出せないような気がしてきた。「わたし」しか、できないのではないか、と考えるようになった。ベートーベンは「わたしたち」ではない。「ピカソ」も「わたしたち」ではない。「わたし」のスペースをもっと拡大しなければ、「わたし」は他人の誰かの陰に隠れたまま、イワシやミツバチのように終わる。それもまっとうな生き方の一つではあるけれど。

もう、言葉もない

「ポインセチアのスケッチ」

年末。子どもの頃は楽しかった冬休みから正月にかけての期間が、年を取るごとに辛くなってきた。寒さなど、関東平野部では大したことはないが、そんな体力・生理的な面だけでなく、精神面、社会的なことなどひっくるめて、楽しいことがなくなってきたと感じている。

それが老化、と言われてもあえて反論する気さえ起きないが、ニュースひとつ取り上げてみても、大谷選手の活躍と新しい契約、インバウンド景気などの明るい面より、ウクライナ、イスラエル、自民党のキックバックなどの方がずっと心にのしかかる。

イスラエルのガザ攻撃。第二次大戦でのユダヤ人への共感、同情、そこからの教訓を、当のユダヤ人自身がすっかり踏みにじってしまった。ナチスがやったことをそのまま裏返しにしているだけではないか。それを、人権と民主主義の擁護を標榜するアメリカが、国際世論を無視しての絶対的支持だ。ロシアにダブルスタンダードと嘲られるのも当然。信義は地に落ちた。唯一の核被爆国を世界に訴えながら、核廃絶への行動に一切加わろうとしない日本。「人類の知恵」など、お笑い種だ。

いま旬の話題、パーティ券のキックバックにせよ、官房長官が辞任しようと、大臣が何人辞めようと、次の選挙で、何の疑問もなく投票する人々によって、「みそぎを済ませた」とうそぶきつつ、また偉そうに大臣に返り咲いてくるのだ。日本国民の脳みそは発酵し過ぎてしまったに違いない。そんなことばかりではない・・と、思いたくても、さらに悪いことしか思いつかなくなった。もう、言葉がない。
 ほんのひとときの絵を描く時間。大切なものはすべて小さく、掌の中にしかない。