ホトケノザ
オオイヌノフグリ
羽化-ペン

今日は23度まで気温が上がった。春というより初夏に近いような日差しで、持って行った帽子、サングラスが役に立った。Tシャツでウォーキング。ジーンズが汗で脚にまとわりつくような感じがした。3日連続のウォーキング。小さな土手を挟んだ川の向こうでは少年野球の練習試合?が2組。昨日も2組やっていた。駐車場は親などの関係者の車で一杯。近くの小学校のグラウンドでも別の子どもたちが練習をやるなど、絶好の野球日和だったようだ。

市営の釣り堀では小学生がデビューしたらしく、まわりに常連の爺さん、婆さんが集まった真ん中でヘラブナの竿を下げている。珍しいこと。長閑なものだ。足元にはホトケノザがだいぶ前から(ホトケノザを真近にみると、結構変わったかたちの花です。また、その名の由来も納得できますよ)咲いている。最近は青く可憐なオオイヌノフグリ、ハコベが増えてきた。ベニシジミはもうとっくに見たが、今日はモンシロチョウも飛んでいた。春だなあ。桜はまだかいな。

言霊(ことだま)

           「モデルスケッチ」  水彩

言霊(ことだま)というのは、むかし文章を書く人たちの間で「一つ一つの語句、文にも魂が宿り人に伝わるから、けっしていい加減な言葉をつかうべきではない」という戒めとして、よく言われていたらしい。

わたしはひねくれものだから、絵画などの造形表現がそうであるように、革新・破壊をもっとする方が良い、などとまるで今のトランプ氏のような考えで、言霊なる単語自体を軽視していた。

けれど、最近になって、それはわたしの浅はかな理解だったのではないか、と思うことが多くなった。それはむしろ「有言実行」に近い意味を持っているのではないか、ということ。有言云々もまた少し解釈がずれるが、それ自体が逆説的な言い方であって、「『実行(実現)したいならば』有言する意」でもあり得ると。
 他人に対してだろうと、自分に対してだろうと「言葉に出して言う(書く)」ことは、その瞬間からそれは自分を離れて独立した一つの「新たな存在」となる。その存在が自分を縛り、同時に先へ進める推進力ともなる。そんな意味を持っているのではないか、ということである。むろん、もともとの意味は初めに述べた通りであろうが。

言葉を慎めと言うだけでなく、可能にしたいことを言葉にすべきだということ。そしてさらに言えば、望まないことを言葉にしないということにもなるかもしれない。いわゆる「忌み言葉」には、きっとそういう感覚が宿っているのだろう。言霊のほうが自分より上位になって、自分自身を変えかねないという、ある意味で怖い感覚でもある。「良き言葉、悪しき言葉も自分に還る」それが言霊の真意ではないかと。

「あの世」のはなし

   窓からの眺め ペンスケッチ

あの世から、ついさっき還ってきました。文字通りの「生還」です。「いつ死んでもいい」とか「早く死にたい」などと何度も繰り返し言葉にしてきたが、これからはちょっと慎もう。ゾッとするような怖ろしい世界をチラッと覗いてしまったから。

「あの世」へ実際に行ってきたわけではない。わたしは、入り口付近をチラッと眺めてきただけだから、「生還」などとたいそうな言葉を使うのも本当はおこがましいが、実感としてはそういうものが確かにあった。

それは、わたしたちの棲む家々からほんのわずかの距離のところにあり、いやむしろ家々のあいだにあり、多くの人々が足繫く通う場所の中にもある。そして誰にも簡単に見分けがつくにも拘らず、多くの人はそれに気づかないふりをしているらしい。そこでは人は既に立ってなどいない。ほぼ全員が仰向けに横たわり、静かに息をしている。日に何度か起き上がっては、どこからか運ばれてくる飯をそそくさと食い、食ってはすぐまた仰向けに横たわる。そこは気づかぬほどゆっくりと動くベルトコンベヤーになっていて、何日か何週間か何か月後にはもう誰の手も届かない、引き返すことのできない「あの世」への動脈になっている。

そこから振り返って見た「この世」は、今日は午前中雪が舞ったりする、荒れた天候だった。傘を差し、風に抵抗して歩くには、脚や腰の悪い人には辛いかも知れない。あの世の恐るべき平穏さに比べれば。けれど、それが生きているということだ。痛いことも苦い思いも様々な矛盾も、それがまさしく生きていることのように見えた。
 ほんの入り口に入ったところから「この世」を振り返って見た、「土壇場」のスケッチを掲げた。