制作三昧

「3つのかたち」習作

涼しい、というよりちょっと寒い。ここ3日間ほどずっと雨と霧。時々はかなり強く降った。近くのチョロチョロの川も茶色の濁流となり、川幅も5倍ほどに広がっていた。

大きな絵はなかなか進まない。事前のエスキースが不十分だったから。なぜ十分にエスキースできなかったのかと遡れば、結局は自分の中の迷いに原因がある。なぜ、何を、どう迷うのか、それは言わないことにしておく。

小さな絵はいろいろ試みる。天気は悪いし、涼しいし、そもそもここで他にやれることは、本を読むことと寝ることくらいしかない。でも、暇というのは貴重なものだ、と思う。暇を大事に活用する、という考えがすでに間違っている、とも思いつつ。

過疎の怖さ

空地と廃屋。歩いている人をほとんど見かけない

下北(といっても太平洋側)に避暑中です。今日は最高気温が20°にしかなりませんでした。涼しいというより少し寒い感じがするほど。

午前8時前から午後6時過ぎまで、ほぼ休憩無しで制作しています。締切とかに追われているわけでもないのに、うまくいかないので休むタイミングが取りづらいのです。

6時過ぎ、アトリエ(要するに実家です)からホテルに向かいます。歩いても10分ほどですが、毎回荷物があるので車で移動です。アトリエを一歩出るとホテルまで誰も歩いていません。たまに車がすれ違っても人影は全くない。車を止め、後ろを振り返って見ても無人の道が薄暗い中をまっすぐ伸びているだけ。

家の灯りもあまり見えません。人が住んでいるのか、空き家なのか。途中のコンビニだけは何台か車が駐車場にある。霧のある日など、本当にホラー映画の世界に迷い込んだ気がする。いくら本州北端でも夕方6時過ぎはまだ薄明るい。7時を過ぎればお化けが出ても不思議はないような過疎の村で、誰も住んでいない家の中で、黙々と絵を描いています。

サッカー、アメリカ女子チームのワールドカップ優勝

サッカー女子ワールドカップでアメリカチームが優勝した。ほぼ事前の予想通りだったらしい。

優勝という結果も素晴らしいが、私がさらに感動したのは、トランプ大統領からの「ホワイトハウス招待」を断るという「自分の意思を貫く強さ」である。大統領のこれまでの差別的発言などに対する意思表示だという。まさに女子チームが示したこの意思こそ、アメリカの優勝に本物の華を添えるものだと、私は思ったのだ。

仮に日本チームが優勝したとすると、総理大臣からの首相官邸への招待を断れるだろうか。おそらく選手たちの個人的意思より、協会や協賛してくれる企業、団体、個人への配慮、マスコミからのバッシングに対する怖れが優先され、選手個人の言論は引っ込められるだろうと私は想像する。私がチームの一員なら、たぶん私もそれに倣ってしまうだろうと思う。

官僚も、学者も、マスコミも社会も、みな権力に迎合、忖度に余念のない日本。勝っても負けても、感謝の言葉をなかば強制的に言わされる日本で、スポーツ選手が権力に(政治的な)意思表示できる空間はほとんどない。アメリカ女子チームの今回の表現は、人間として当たり前のことがスポーツの世界でも当たり前だという、ごく自然なことがアメリカにはあって、日本にはまだないという世界観と、試合結果との二重の意味で輝かしい優勝だと思った。