くだらないが貴重な一日

制作中

数年に一度くらい、やや大きな風邪を引く。どうやらそれが今回。それほど悪くならないうちに、別の薬を貰いに行くついでに、かかりつけのクリニックに行った。

火曜日午前9時、「最低2時間は待ちます」で、すぐ帰宅。少し雑用をして戻ったが、それからさらに1時間。薬局で薬を頂いて帰る頃には病状は悪化し始めていた。元気な人しか病院には行けないという、ブラック・ジョークそのまま。そのあと一直線に悪化。既に薬を貰ってきていたのが不幸中の幸い。そうそう、その夜通夜があり、坊さんの長く、くだらなく、下手くそな話を聞かされたのも良くなかった。そのせいで数珠も無くしてしまった。百円ショップで買ったにしては結構良く見えたのに。葬儀に数珠など持っていくものじゃないと反省。

とにかくその夜から、どこか切れているのではと、思うほどの喉の痛みと咳、鼻水。熱は平熱+1.5°。やっと今朝(木曜)普通に目が覚めたが、起きてからも何となくボンヤリ。それも普通といえば普通なのかも知れないが。用事はこんもりと山になっている。出かける用事もあるが、全て後回しに。こんな日もあるなーと考えれば、これも貴重な一日。

答えのない答え

「飛ぶ男」(制作中)F120

昨日から喉が痛い。熱は無いのでどうやら(普通の)風邪だ。土曜午後、悪いものを見たからかも知れない。

作品制作中。なかなか思うようにいかない。いや、思うようにいくのだが、その「思うように」自体がダメなんだ。だから、考え直さなくちゃいけないが、どこまで戻って考えたらいいかを判断しているうちに、迷路にはまり込み始める。

でも、いま思うことは「答えのない答えを求めない」ということ。では、どうするのか?というと、方法が無い。当然。答えのない答えを求める方法があったら、その方がおかしい。結局は感覚だ。

感覚って、その人の全て。体力も気力も、知識も経験も好みも、全て合わせて「感覚」。それで良いと感じるまでやるだけ。試行錯誤とか迷いとか、言葉は色々当てはまるが、そんな言葉に振り回されていても何にもならない。良いと思えるまでやれば良いだけのことだし、それ以上できるはずもない。

靖國神社

売店にて
「晋ちゃんまんじゅう」その他

午後から急いで、東京・九段のイタリア文化会館へRobert Bosisio の絵を見に行った。とても質の高い良い作品だったが、たった4点しかない。画集が2冊置いてあり、それを見ても全体で30分もあれば十分。画集を売っていないかと聞いても、「見るだけ」とそっけない。じっくり目に焼き付けて帰る。

九段坂上の角まで来ると靖國神社が正面。一度も見たことがないので、せっかくだからと入ってみた。以外に若い女性が多いのにちょっと驚く。中に入っても、習い事とか何かあるのか、連れ立ってそれなりにきちんとした身なりの女性たちがかたまって座っていたりする。こちらは半袖の汗だくであちこちうろうろ。昨日は暑かったんだ。中国人が多いのも意外。「歴史認識」の海外研修か?

帰り際、チラッと売店をみると「晋ちゃんまんじゅう」麻生太郎の似顔絵のついた「タローカポネ・ラスク」。知ってはいたが実物を見るのは初めて。毒のようで、食う気がシネーナー。