長い息をしよう

ブログでは絵に関わる楽しい話題を書きたいと、いつも思っています。本当よ。けれど、なんだかいつも真逆の結果になっていることが多いような気がする。なんでだろう。現実に楽しいことより、気が重いことのほうが多いのかもしれないが、それでも何とか楽しい話題を見つけて共有したい、本当にそう思ってふだんから探しているんですが。

この動画のサムネイル(動画の看板。クリックする前に見る画像のこと)を見てください。なんてダサいんでしょう!自分でも嫌になるけれど、正直どうしたらいいのか、まだわからないんです。こういう感じで、つい気が滅入ってしまうんですよね。

いかん、イカン。そこから離れてもっと先を見なくっちゃ。
 土曜日は撮影日。日曜は朝から寝るまで編集、と目標は掲げているけど、ナカナカ。例えば今日(2023.04.15)、新規の動画の全体、部分ごとのテーマやモチーフを決め、撮影するはずだったのに、ついYouTubeで「撮影の基本」とか「トランジション(場面移行)のやり方」など見てしまう。これはこれでわたしには絶対必要な勉強だけれど、それで午前中の時間を遣い果たしてしまった。日曜には庭木の枝切とかの家事が舞い込んできたりとか、全然編集できない日もあって、目標の「毎週1本のアップロード」が出来たのはたった1回だけ。それが今回初めて、なんだ。

そこを「やったー!イェーイ」と書けば“楽しい話題”になるのかもしれないけれど、撮影は4月4日だったから、10日もかかっていることになる。ちょっと「イェーイ!」までは気分が追いつかない。
 ああ、いかん、イカン。また沈み始めてきた。長距離を泳ぐ鯨のように、水面に顔を出して、たっぷり長い息をしなくっちゃ。下を向いていると肺がしぼみ、脳への酸素供給量が落ちる感じがする。今日は雨だから、家事は少なくて済みそうだ。さあ、頑張って撮影しよう。

薔薇の「練習」

薔薇のデモ制作(水彩・F4)

今朝(2023.04.13)、ラジオからJアラートの警報が全国に響き渡った。「北朝鮮からの弾道ミサイルと思われる物体が北海道に向けて飛行中。午前8時頃に北海道に落下する模様。ただちに避難してください!」。運転中だったが「頑丈な建物、または地下鉄、地下室などへ避難」と具体的だったので、本当かと驚いた。

結局、岸田首相が「我が国の領域内に落下していないことは確認している」で終わり。途中までは飛行物体は2個あるかのような発表もあったが、それもなかったことに。

これは防衛予算を大幅アップしたことを国民に納得させるための(一部)フェイクニュースではないかと、疑った。ここ数日、盛んに報道されている陸自の幹部を乗せたヘリコプターが墜落した事故についても、一時は「中国軍云々」の話も出て、いくらなんでもそれはないだろうと思ったが、その時もその話の出どころは防衛予算絡みのところからではないかと想像した。 
 今回のミサイルに関する警報を、防衛省が本当にそう信じていたのだとすれば、それはそれで航跡の計算が実に幼稚なレベルにあることになり、果たして「敵基地攻撃能力」など持たせていいものかと心配になる。早まって、ありもしない攻撃に対して「反撃」し兼ねないからだ。「ちょっとした間違い」では済まない、恐ろしい話。

薔薇のデモ制作。薔薇を描く練習。最近特に話題のチャットGPTなら、「白っぽいピンクバラ、やわらかい感じ。緑の葉の中に浮かぶように」などと話すと、たちどころに数枚の薔薇の花を“描いて”くれる。もう練習する必要などない。少なくとも「描くこと自体が好きでないならば。」絵を発表などする時代は終わってしまった。技術の進歩は早い。あと数年もしないうちに、きっとそうなるだろう。その時やっと、「絵は自分自身のためだけに描くのだ」ということが実感されることだろう。

元気出そうぜ!

Apple-海を渡る(未完成)

やっと写真を載せられる状態まで漕ぎつけました。とりあえず、安堵しております。まだ未完成ですが、ここまでくれば(たぶん)6月までにはゴールにたどり着くでしょう。いや、あまりのんびりすると次第に疑念が湧いてきて、下手をすると作品を放棄してしまうこともないわけではないので、なるべく一気に今月中には終わりにしたいところです。

展覧会までには皆さん記憶を失ってしまうと思うので、安心して解説します。できるだけ早く忘れてくださいね。
 テーマは「海を渡る」(本当は「航る」と書きたかったのだが、漢字変換で出てこない。とりあえずこれで)。冒険ですね。子どもの頃、丸木舟(のようなもの)で沖にでたとき、ちょっと怖い思いをしたことがあり、そんなことで「たらい舟」だの「お椀舟」だのを見たり聞いたりすると、怖さと冒険心が絡まって心に浮かんでくるんです。

Appleはりんご、舟はホタテ貝。どちらも青森県の重要物産品です。それを外国へ輸出する図、にも見えますが、わたし自身はけっして経済界の人間ではないので、たまたまそんな風にも符合するというだけです。かたちに現れない本当のテーマは「色と線」。ふつう、「線」はかたちをつくる要素の一つ。ここでは線が色に溢れ、むしろかたちの認識をを邪魔する役割を持たされている。まだまだ線のパワーが足りないが、どうやったらもっと強度のある「色の線」が描けるか、研究中です。色の研究も同様です。

もうひとつのキーワードは「元気」。これはわたし自身の元気を奮い起こすために描いているのでもあります。これまでは心のどこかに、絵のためにはどこかで自分を犠牲にしなくっちゃ、という気持ちがありました。でも、それはいけないと最近は思うんです。絵は描く人も、見る人も、たとえそれが苦し気な絵であっても、最終的には人に力を与えてくれるもの。ならば、最初から元気な方がいいんじゃないの?という気持ちで描いているんです。