おにぎりは誰が作る

陽が奥まで入ってくる

コンビニのおにぎりを何気なく買うとても日本的な食べ物(食べ方?)だからつい日本人が作っているような気がしてしまうが実は多くは外国人労働者それもいま問題になっている「外国人技能実習生」たちが作っているのだという

朝早くからおにぎりは店頭に並ぶしかも賞味時間が細かく時刻を過ぎれば厳しく廃棄されるということは真夜中にも作っているし一日中ひっきりなしに作っているということでもあるコンビニは街の小さな個人のお弁当屋さんとは規模が違うのに「おにぎり」「きんぴらごぼう」という庶民的な名称につられてつい「近所のおばさん」たちが作っているように錯覚してしまう

常に新しいおにぎりが店頭に並ぶということは誰かが常にそれを作っているということなのにそこになかなか考えが到達しない便利さの中で私たちの想像力が縮み自分の目先しか見えなくなっているのだ

人手不足だから「技能実習生」枠を名前を変えて拡大しようという議論が今日から国会で始まった。34万人まで拡大するというが既に国内の技能実習生は27万人に達しているというそのかなりの部分が「外国人熟練労働者」にスライドすると考えられているそれに留学生のアルバイトも加えれば既に枠は満杯に近い労働者数を増やすというより人権問題の目先を逸らすのが議論の目的ではないかと疑うのが当たり前だと思うのだが

気がつけばもう年末の気分だ

もう年末の装い

銀座から京橋日本橋とゆっくり歩いていく早く歩くと汗をかき汗をかくと風邪を引くからという単純な理由これは京橋のあたりか

11月も半ばを過ぎると朝夕はさすがに涼しいというより少し寒さ感じるようになってきた寒さは身体にはこたえるが自分の季節だなあという気持ちになる夏より冬が好きだ

展覧会も終わった新年の予定も何もない新しい作品は完成近くでずっと足踏み状態気持を切替えればすっと終了する気がする銀杏も黄色くなってきた

発表するということ 2

まもなく展覧会終了(風土に生きる・展 銀座)

作品を発表することには出品者それぞれにそれぞれの意味があるそれも年齢などの身体状況など様々の個人事情生活や周辺の人間的な環境などによってもその意味はさらに変化する

このグループ展も5回目の区切りを終わった今後のことは話し合うがいずれにせよ現在のまま続くことはない。But、このグループ展での発表を止めても絵を描くことを止める人は誰もいない

発表の場とその人の発表する意味とは次元の違う問題だ団体展と違い話し合いでも飲み会でもそのことに触れる人はいない皆一線を引いているそれがお互いを尊重するということ。5年間暗黙にそれができていたよいグループ展だったと思う理由である