ดนตรี

音楽は好きだ。ทุกวัน、結構な時間聴いてている。好きなジャンルはクラシックとロック、それに世界各地の民族音楽、คานา。けれど音楽に関する知識は限りなく少ない。今人気の歌手など全然知らないし、どんな歌が流行っているかもわからない、もちろん曲名も覚えられない。それでも聴くのだから好きなんだろう、という程度。

わたしの聴き方はラジオの「流しっぱなし」オンリー。なにか他のことをやりながらのBGM。意味が分かると意識がそちらに流れるので、日本語の歌はNG。だから日本語以外の音楽。音楽に飽きるとBBCのニュースもかけっぱなし。妻は「いつも英語聞いているから解っているのかと思ってた」とあきれているが、英語が不得意なのは別としても、言葉の意味を取りたくないために流しているのだからニュースにならない。適当な雑音として流れているだけである。「雑音」はけっして無駄ではなく、大事な「音」です。雑音がある方が集中できる場合も少なくない。その時はまったく聞こえなくなっているが、そこに意味があるのである。

そういう聴き方だから、たとえば歌詞のメッセージ性などとは無縁である。メロディとリズム、雰囲気だけで聴いている。けれど?だから?リズムはかなり影響するので、少し選ぶ。それが制作や作業に合うと調子よく進む。進み過ぎると方向違いに行ってしまうこともある。合わないとイライラする。その時が「雑音」の出番、というわけだ。それでもうるさく感じたらラジオを切る。แต่、ラジオを切った瞬間から「世間の音」が耳に入る。ในแง่หนึ่ง、これが一番うるさく、邪魔だ。多くの人が音楽を聴くのは、もしかしてこのうるさい「世間」を遮断するためなのかもしれない。

最近は「ナチュラル・サウンド」のチャンネルも覚えた。แต่、BGMには向かない。寝る時がいい。 

เผยเเพร่โดย

ทาคาชิ

บล็อกส่วนตัวของ Takashi。ไม่ใช่แค่เกี่ยวกับภาพวาดเท่านั้น、สิ่งที่ฉันคิดทุกวัน、คุณรู้สึกอะไร、ฉันเขียนตามที่ฉันคิด。บล็อกนี้เป็นรุ่นที่สามแล้ว。เป็นเวลานานกว่า 20 ปีนับตั้งแต่ต้น。 2023ตั้งแต่วันที่ 1 มกราคม、ตอนนี้ฉันตัดสินใจเขียนแค่วันที่เลขคี่。ฉันจะคิดถึงทิศทางในอนาคตและสิ่งอื่น ๆ。

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