熱すぎる「柿」

「柿の習作」  水彩

そろそろ秋めいて(欲しい)そんな願いをお天道様はちっとも聞いてくれないなんてグチを言っている間にちゃんと秋は忍び寄ってきて自然はすでにその先の冬にもちゃんと備えている出来てないのは「お天道様はちっとも・・」なんてまるで昭和の時代劇映画の娘っこのセリフまがいのオラたちくれえのもんだっちゃ

スーパーの店頭にはまだだろうと思っていたらもう数日前に見たという声があった。געזונט、9月も半ばを過ぎたんだから出てても不思議はないんだが

というわけで柿を描いてみたということは「写真から」のスケッチだってことになる写真では4個の柿がそれなりの大皿に乗っているその皿もれっきとした作家のものだから描く価値もあるのだがここではあえて省かせてもらったこういうシチュエーションなら昔風の「土筆(筆)柿」の方が似合いそうだが残念ながら手もとにないときおり通りすがりの庭にその柿が生っているのを見ると欲しいなあ描きたいなあ、איך טראַכטן。我が家の庭にも柿の木があったが虫の害が酷く駆除をしているうちに本来守るべき柿の木の方を傷め枯らしてしまった虫の駆除は素人にはかなり難しいんですね

絵としてはもっと秋が進んで日差しの熱も枯れてきた頃秋の長くなった影を引きずった柿が,、消えかかる夏の炎を抱くように地面ちかくに佇むそんな風情を狙ったのだが現実世界はまだまだ35℃の猛暑日とても「枯れた熱」どころか「真っ盛りの熱」だという「惨敗」感が露わこの絵からそういう「悔しさ」をゲットしてくれたら感激だ

קאַפעטעריע

עלעגאַנט צייט אין אַ שטאָט קאַפעטעריע。נאָר ווי פילע מענטשן、איך ווונדער ווי פיל מער צייט מיר קענען פאַרברענגען אַזוי?。וואָס זענען די מענטשן גערעדט וועגן。

אפילו הינטער אַ גלעזל פון קאַווע、פאַבריק עס、פון די מענטשן וואס כאַפּן זיי、עס איז דראַמע ביז עס איז געבראכט צו די טיש.。די סימנים פון האַרבסט קומען ביסלעכווייַז דערנענטערנ זיך。

ופּלאָאַדעד

ぎりぎりでアップロードしました先週の土曜夕にアップしたかったのですが結局一週間延び夕方6時の予定が9時半になってしまいましたがとにかく送り出せただけは良かった

わたしのYouTubeもそろそろ限界かな。נאָר、目の前にそれがあると手抜きすることができずそれが受けようと受けまいと一生懸命作るただの惰性かもね?でも見る人には一生懸命かどうかなどには意味がない楽しみをあたえてくれるかどうか本人だけが一生懸命っての滑稽だね