お盆用「過去」住宅地図

私の記憶と合致する地図

お盆であるどこの田舎でも似たようなものだろうがこの数日間はあの世からの魂だけでなく普段遠く離れて暮らしている人たちも呼び寄せる「合同(慰霊)祭」のようになる同窓会シーズンにもなる

お盆の期間内に親類の家々を巡り仏壇に線香を上げていくのが慣習だ行き違いになることもあるのでたいてい誰か留守番がいる留守番が私の役目訪ねるべき親類の家を覚えていないのだから適役である困るのは線香を上げにくる人の顔は知っているが正確な個人名とわが家とどういう姻戚関係にあるのかよく分からないことだその顔もほとんどが後期高齢者になり若い人に車で順路通り「運んで」もらうので話す時間などないのだが

母に話をさせる目的もあるがそういうわけでお盆用のにわか勉強をする姻戚関係を聞き職業を聞き当時の家々の地図を描いてみる当時の社会状況が解るだけでなく自分がどんなにボンヤリした頭(今もだが)だったかもついでによく分かる

8/10 7:00 今朝は少し日が差している。22°くらいまでは暖かくなりそうだ

มาถึงชิโมคิตะ。เย็น…!

今夜は布団をかけて寝るー毛布も準備してある

8/8 午後2時下北・東通村にいる台風が関東に近づく前に出発できてよかった最高気温17°〜18°予想通り外にいると寒いほど

毎日暑さの中で過ごしていたのがウソのよう関東にいると全国的に「危険な暑さ」一色のようなニュースばかりだが日本列島は広い気温一つでもこんなに違う今日も岐阜県美濃市では41°同じく岐阜県金山市などで40.5°だったそうだ

20日まで滞在予定時間があり涼しいからずいぶん絵が描けそうだが寝たきりの母の見舞いで残念ながらそんな状況にないエスキースがせいぜいだろう頑張れるところは頑張ろうと思うだけ

大宮駅新幹線ホームで列車を待っている時、1羽の鳩がすぐ足元に舞い降りた踏まれそうでヒヤヒヤする中よく見ると両脚とも指?がほとんど無い人間でいえば踵と足の甲しかない小さい子たちが追いかけるので写真を撮る間もなくすぐに飛び去ったが発車後もしばらく指を失った理由を考えていた

下北行き

「飛ぶ男」習作

8/8 下北・東通村へ行く。เมื่อวาน (8/5)、กล่าวกันว่าอุณหภูมิสูงสุดในหมู่บ้านฮิกาชิโดริอยู่ที่ 18° (แม้ว่าจะดูเหมือนจะเพิ่มเป็น 29° เมื่อไม่กี่วันก่อนก็ตาม)。同じ下北でも常にむつ市より2〜3°は低い。36° ทุกวัน、37°の関東地方から行くと涼しいを通り越して「寒い」だろうな、แน่นอน。

อุณหภูมินี้、ประมาณปีปกติ。นี่คือสิ่งที่เกิดขึ้นในวันที่ดวงอาทิตย์ไม่ส่องแสงในยามาเสะ。ในฤดูร้อนจะมีหมอกหนาเป็นพิเศษเนื่องจากมีภูเขา、ทุกๆ สองสามปี จะมีแสงแดดเพียงไม่กี่ชั่วโมงเท่านั้น、ได้รับความเสียหายจากความเย็น。1988ในเดือนสิงหาคมของปี、1か月の日照時間がたったの4分 。หมอกหนา、ฉันจำได้ว่าขับรถโดยเปิดไฟหน้าแม้ในเวลากลางวัน。ฮอกไกโด、มีภูมิอากาศใกล้เคียงกับแหลมเอริโมะและคุชิโระ。กะหล่ำปลีสกั๊งค์เติบโตเป็นกระจุกที่ระดับน้ำทะเล、พวกเขายังมีพื้นที่ชุ่มน้ำอยู่มากมายเหมือนกัน。

เยี่ยมแม่และฉลองโอบ้ง。ปกติปีนี้ผมจะดื่มด่ำกับการผลิตท่ามกลางอากาศที่เย็นสบาย、นั่นคือสิ่งที่ฉันหมายถึง、ดูเหมือนว่าจะไม่เกิดขึ้นในปีนี้。ไปอย่างซื่อสัตย์、ฉันกังวลนิดหน่อย。ฉันหวังว่าเราจะไม่โดนพายุไต้ฝุ่น。