เคล็ดลับในการวาดภาพ

「習作」 水彩+テンペラ

絵を描くのが苦手という人は得意だという人より多い気はする。แต่、苦手と言う人に話を聞くと(描けるなら)今でも描きたい気持ちは持っているって人が多いようでもある

描きたい気持ちがあるならこれから3つのポイントを示すのでそれで誰でも絵が「ラクに」描けるようになる、ฉันคิด。
①上手な絵を描かないこと-「自分なりに上手」はOK「他人から見て」の上手というのが✖。あえて下手に描こうとすると逆に意識過剰になるから90°ずらす上手いんだか下手なんだか判らないのがいい。กล่าวอีกนัยหนึ่ง、何も考えない
②苦手なことにチャレンジしない-何とかして逃れる細かいところが苦手なら部分だけ拡大するとか色塗りで失敗すると言う人なら、2,3色しか使わない水が苦手なら鉛筆とかパステルとかの乾いた画材にするとか。ในระยะสั้น、描きたいところだけ「厳選して」そこだけ描けば負担は少ない負担が小さければ失敗の確率も小さくなる
③無視されることを覚悟せよ-褒められたい気持が自分を縛る

他にもあるけどどうせ覚えられないからこの3つで十分一番難しいのは③「別に褒められたいなんて思ってないけど」と言う人こそ要注意褒められたいと思わない人などこの世にはいない他人が勝手に褒めてくれるならそれにホイホイ乗ればいいがさらに期待に応えようなんて気になってはいけないマイペースが大事

แต่、おそらくこの3つを実践できる人は少ないはず多くのプロの画家は特に彼らは①②③ともこれと真逆のことをやる人々だから。ตอนต้น、一番大事なことを忘れていた。อันดับแรก、絵の道具を買うことせいぜい居酒屋1回分を我慢することが嫌なら絵はすっぱり諦めようボールペン1本でも絵は描けるんだけど紙が必要なんだ

เป็นภาพที่แปลกมั้ย?

         「黄色い薔薇(仮題)」 水彩✛テンペラ

教室でテンペラと水彩のミックスのデモンストレーションをやってみることにした上の絵はそのための試作新しいことを覚えるにはハードルはできるだけ低い方がいいテンペラの歴史から始まって云々の講義のようじゃ門の前で引き返してしまう

テンペラというのは油絵という技法ができる以前の古い技術で鳥の卵とか動物の乳や血など乾いたら固まるタンパク質の性質を利用した絵の具とそれで描く技術のこと日本ではタンパク質よりデンプンを利用した絵が発達したがそれも一種のテンペラといえるようです
 この絵の支持体は厚めの水彩紙(たから結構波打っています)そこに普通の水彩で平面性を意識した “水彩画(下塗り)” を描く地塗りはなし

そこに明るい部分だけテンペラの白で(厚めに)塗るテンペラは白以外使わない顔料はチタニュウムホワイトそれを生卵で溶くだけでテンペラ絵の具ができる簡単!ちなみに普通の水彩絵の具を卵で溶いても “テンペラ” 化するただしそれは非常にもったいないことになってしまうのでおすすめはしない

効果は①普通の水彩画に比べて厚みが感じられる ②特に人物の顔などには有用 など欠点?としては①「滲み」という水彩独特の技法が使えない(ちょっと工夫が要る)②平面的になる(プラスの効果として使う)など絵の具は手作りするのでチューブから絞り出すだけのものよりは若干手間(3分ほど)だがめちゃくちゃに安価というメリットもある

ボツにするよりはマシ

    「白椿」  水彩

長いこと放ったらかしにしていた習作に加筆終了にした満足とはいかないがグッドアイデアが出てこないのだからまあこんなもんだろうそのままボツにするよりはいい

急ぐ必要があるなしは別にして何ごとも終わりは大切だと最近は思うかつては描きっ放しはふつうのことだったがそれは新しいアイデアがどんどん生まれてきて古くなったアイデアをいちいち終了させる手間が惜しかったからだと思う最近は頭を右から叩いても左側から引っ張ってもアイデアが出てこなくなった

アイデアが枯れるのは脳の老化もあるかも知れないが何よりあらゆるもののインプットの量密度が小さくなったからだと思う情報量不足だということこの時代にあって情報量不足なんてと思うなかれ
 有意な情報を得るには良いアンテナが必要だそしてそれが常に更新されていなくては貴重な情報がスルーしてしまう情報は新しいものが良いとは限らないが触れ続けていることが大切だとよく言われるがたぶんその通り言葉を換えればアンテナとアウトプットの装置が旧式のままだということ

アンテナを更新するには何より “気力” が要ると感じる若い頃は「体力」があるから空気や水のように身体を通してアンテナがいわば “勝手に” 更新されていた歳をとって体力が無くなってくると意識して更新を心掛けないとすぐに固く錆びついてしまうそれを意識するには「気力」が必要だというわけ
 一枚の絵を描き終わるたび“がっかり” もあるが「次はこうやってみよう」という課題も見つかるそれが気力を取り戻す-ボツにしてしまうよりはいい-理由