
目が覚めたらテレビがついていて、サッカーワールドカップ決勝を放送している。シーツを敷くポーズのまま布団に突っ伏して、どうやら眠ってしまったらしい。LIVEかどうかさえおぼろなうちに、(フランス対クロアチア戦)フランス3点目。直後に追加点。さらに目を白黒させているうちにクロアチアが得点して、4-2。
不思議な感覚。目が覚めたらいきなり決勝のクライマックス。見たいとは思っていたが、放送時刻が遅く、あえて見ようとはしていなかったのに、なんとラッキーな。私、本当に少し元気になってきたんだな、생각。

目が覚めたらテレビがついていて、サッカーワールドカップ決勝を放送している。シーツを敷くポーズのまま布団に突っ伏して、どうやら眠ってしまったらしい。LIVEかどうかさえおぼろなうちに、(フランス対クロアチア戦)フランス3点目。直後に追加点。さらに目を白黒させているうちにクロアチアが得点して、4-2。
不思議な感覚。目が覚めたらいきなり決勝のクライマックス。見たいとは思っていたが、放送時刻が遅く、あえて見ようとはしていなかったのに、なんとラッキーな。私、本当に少し元気になってきたんだな、생각。

絵画の原点。大げさなタイトルのようにも見えるが、私には次第にハッキリしてきた、생각。
絵画の「原点」はある意味、時代とともに動いてきた。그것이 이유입니다、ここでいう原点とは、「現代において」である。하지만,、人間の歴史が途切れることなく続いてきたように、歴史的な「原点」も現代の原点に繋がっていることは当然だ。
「自由に描くこと」。それが原点であり、それが最終的な「理想」である。それを忘れないこと。多くの作家がいて、それぞれ自由に好きなものを好きなように描いている。全ての画家が理想を達成、謳歌しているように見える。가、それは本人を含めて、殆どの場合、「錯覚」である。「自由に描く」ことと、好きなように描くのとは次元が違うことに気づいていないからだ。(この項続きます)

難しい選択だな、と思ったのは西野監督の「1点差の負けは容認。イエローカードは厳禁」という判断のタイミング。아마도、勝ちに行けるだけの体力が残っていない、という判断が根底にあったのではないか、と私は想像する。
前半は押し気味だった。勝つためには絶対に先取点が欲しかったから、かなり鋭い攻撃が何度もあった。하지만、ポッと気が抜けた途端に失点。監督は暑さと疲れを選手に感じたのではないか。これを引きずったまま強引に同点、逆転を狙えば、むしろカウンターを食って2点差になる可能性の方が大きいと感じたのではないか。
さらにコロンビア-セネガル戦が「同時進行」だったことが決定的に重要だった。コロンビアとセネガルの実力、残り時間を勘案し、「統計的判断」で「コロンビアの1点差勝ち」に「賭けた」。もし、コロンビア-セネガル戦が何かの都合で、試合開始が30分遅れてスタートしていたら…。
フェアプレー云々の話は別として、西野監督の「確率・統計的」サッカー観は新たな興味を抱かせる。ハリルホリッジ監督を開幕直前に解任、日本人監督として最多の勝利数を誇る監督を据えたこと自体、西野氏がサッカー協会にもたらしたサッカー観なのかもしれない、とも思う。