ヴァリエーション(変相)

昇仙峡(水の流れ)
川遊び
磯遊び

絵画で言うヴァリエーションとは変相相(姿・かたち)を変えてみること「水の(透明感)表現」を今月のテーマにする水彩画教室があったのでわたしもデモ制作として何点か描いてみた
 1点目は実際の状況に近く、2点目はそこに子どもを置き川辺の涼しさを体感的に表現することに狙いを変えた。3点目は川ではなく海辺まで変相を広げ都会的な磯遊びの感覚を構想してみた。그리면、川と海との光線の強さの違いをだんだんと思いだす子どもの頃の感覚はこの歳になっても案外覚えているものだ
 このような試みは多くの人が実際にやっていることで絵画の構成力を高めるためにはとてもいい方法だが面倒がってやらない人の方がたぶん圧倒的に多いと思う一つのモチーフで一枚描くだけでは常にモチーフ探しをし続けなくてはならないことになるかつて教室に画面中に必ず自分自身を描き込む人がいたがヴァリエーションを構想しやすいいいアイデアだと思った

"오리지널"이라는 "물체"

クレマチス咲く ペン水彩

クレマチスをモチーフ用に2鉢買った毎年咲いていた大輪のビロードのような青のクレマチスがなぜか今年は姿を現さない散歩しながら他所のクレマチスもチラッと見たりするが我が家のものが一番立派だったような気がしてかなり残念

ここ2~3年かなりCGスケッチや動画製作に時間を注いできたので物理的な物体として手元に残る作品数はぐっと少なくなったCGだって作品には違いないが長年邪魔者扱いしながらもキャンバスやスケッチブックに描き残してきた感覚からするとなんとなく(否かなり)物足りない感じがする
 紙に描いたからといって感覚的には特別どうだということもない。하지만、ここに確かに1枚在るという安心感のようなものはあるお手軽だがとりあえずは「オリジナル」って感覚だろうかCGでもNFTといった「オリジナル」作品を創ることは出来るが手描き=オリジナルという等式には(時代の意味が変わっても)今でもなんとなく頼っている単なる世代ギャップなんだろうか

もし「手描き=オリジナル」という等式がこれからも不変のものであるならばこれまで数十年も苦労して辿ってきたその不変の道からわたしは少しはぐれてしまったことになるこの歳になってやっとCGの世界にほんの一歩だけ足を踏み入れた程度だがその時「この等式はいずれ意味を為さなくなる」と直感し道を踏み外すことへの小さな覚悟があったことは忘れていない

手描きによるオリジナルもCGによるオリジナルも社会的にはともかく制作者個人にとっては実際はそんなに違わないものかもしれないそれにしてもいまだに現代の絵画の値段が数億円もするという現実を見るとオリジナル=独り占めという人間の物欲の等式の強さをまざまざと見る思いがする

画材・技法のスキルについて

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ここでの画材というのは油絵具水彩絵の具とかキャンバスといった描画材料のこと。YouTube 등을 보면 "아무리 프로"적인 고급 기술을 구사한 작례가 얼마든지 나온다。그것을 보고 열심히 공부하는 사람도 많이 있다고 상상。내 자신도 그 중 하나입니다.。

화재, 기법 등에 대한 지식이 증가합니다.、使いこなせるようになれば確かに表現の自由度は増し人目を惹くポイントも作れるようになるコンクールなどは審査員自身がプロの表現者だからつい高い技術レベルを求める方向になりがちでそうした中で選ばれた作品を通じて観衆の意識も審査員たちの美意識に追随していくもちろん展覧会の大きな意義として「啓蒙」の機能があるのだからそれで良いわけではある

하지만、プロになろうとする人は別として絵を楽しみたいと考える人は画材や技法についてあまり専門的にならない方が良いという考えがどうもわたしの心の中で広がりつつあるようだ知識技術の向上が悪いはずはないけれど、、それもひとつの見方方向性であってそれとは違うものの見方もあるよね?と一つの画材、하나의 기술의 전문가가 되려면 상당한 노력이 필요합니다.。그 과정에서 단지 지식、기술뿐만 아니라 무언가를 체득하는 것이 적지 않다는 것을 알고 있습니다.。그래도、、、、모처럼 배운 지식、기술이、한편 자신을 제한하는 힘、상상력을 경화시켜 버리는 힘으로서、時にはマイナスにも働くこともあるということをちょこっと頭の隅に置いておく方がいいかもと思うのである

絵を楽しむためには少し下手な方がいいなどとうそぶきつつわたしは絵画のテクニックを人に教えもっと上手くなるようにアドバイスもする。하지만、必ずしも矛盾とも思わないなぜかというと絵を描くにも最小限の知識使いこなしができないとそれ以上の経験ができにくいからである海外で一人旅をすると多くの経験を得るがそれには最低限の知識や語学力が必要なのと同じであるだからといって旅行の引率者や語学の専門家になるレベルまで勉強することとは別の話だということ

でもまあ専門家になればなったでもっと高い(深い)愉しみというものもあるには違いないから下手な方が楽しめるなどと言うのは、할 수없는 사람 (나)의 잃어버린 아쉬움의 지루한 것일지도 모른다.。