
早いところではぼちぼち、「寒ざくら」ではない普通の桜も咲き始めているらしい。当地は桜の名所として毎年NHKなどで紹介されるが。今のところは梅が早春を謳歌している最中。桜の出番はもう2週間くらい後になるだろうか。
桜を「間接的に」描いてみた。正面からではなく、「側面」から。「桜」は西洋画スタイルの絵画制作者にとっては、かなりハードルの高い題材だ、Mislim da。描いてみると解るが、画面全体にぼーっとしたピンクの綿飴が散らばっているようにしか描きようがないから。
日本画家にとっての「桜」は必修科目であり、見方、表現法から評価・鑑賞の仕方まで、徹底的に考え抜かれ、制度化されて、日本人の心や記憶の中に深く染み込んでいる。描く側にも見る側にもしっかりとチャンネルが設定されているから、まるで子どもが「名作絵本」を母親に読んでもらうかのような安心感がある。そうした土壌の上にすっくと育ちのいい「名作」は存在しやすい。Međutim、「洋画」には素材的にも断絶があり、従って、わたしの知る限り、洋画においては誰でもが知っているような桜の名作と言えるものがなさそうなのは、それが理由だと思う。。
Tako、縷々弁解がましいことを述べたうえで、桜を間接的に表現することにした。どこかのロビーに腰かけている数人の人々。その背後の庭か公園に桜が満開、というイメージ。ガラス一枚隔てただけの空間だが、直接には手の届かない空間でもある。
この中で案外手間ひまがかかるのが「椅子」。備え付けの同じ椅子でなくてはならないし、同じ角度だけでは平板になってしまう。ベタッとした長椅子なら手間は省けるが、視覚的に面白くない、など結果として椅子の下描きにかなりの時間を費やした。主題である桜は数分。サッサッと済ました。