O tome sam pisao prije、わたしは{英国のアート観」(それとイタリア人の感覚)をフランスより、ましてやアメリカなどより数段重要視している。短い言い回しで解ってもらえるなどとは思ってもいないが、あえて言葉にすれば、イギリスのアートは一筋縄ではいかない挫折と諧謔性の繰り返し、積み重ねによる歴史観、そこからくる自己客観視の凄まじさが、歴史的に他の国とは別次元のレベルになっている(それが、かつてイギリスが世界帝国であったことと無関係ではないとわたしは想像するが)、とずっと感じ続けている。アメリカは、イギリスで生まれたアートの「増幅器」の役目、そしてビジネス化の功罪の方が大きい、というのがわたしのアート史観である。 下の写真は、作家自身の(飲んだくれの)父親とその妻の夫婦喧嘩中の写真だろうと解説にあった。馬鹿馬鹿しいようだが、これこそAIにはできない仕業なんじゃありませんか?
浅見文紀「春の雪」 油彩、F20号
Drugi je、日本橋三越本店で開催中の浅見文紀油絵展。埼玉県秩父市在住の彼は近くの風景をライフワークにしている。若い頃は、といってもわたしよりずっと若いのだが、「段ボール」をせっせとモチーフにしていた。今回も1点だけ同モチーフの作品があるが、「卒業」します、という意味だったのかもしれない。 取り上げた作品について、「桜の時期に突然雪が降ったんです」という。そんなこと言われなくても解るのが、絵というものだ。と彼はこの絵に「雄弁に」語らせています。凄いですね。彼の真面目な性格も、実に正直に現れていることに共感します。