青いカモメ展−無事終了しました

mjesto održavanja:Manifestacija je održana usred cvata trešnje.
Izložba skica na ulazu u dvoranu bila je neočekivano (ili prirodno!) dobro primljena.。svi、Budite samouvjereniji!

326. mjesec 16:00、Izložba Sinji galeb uspješno je završila.。実行委員のみなさん、hvala vam na vašem trudu。出品者のみなさんも長い道のり、I hvala vam puno na vašoj dužnosti.。Svi koji prisustvuju događaju、関心を持って下さったみなさん、Hvala。

Ispred je miso、Mislim da se razina donekle popravila u odnosu na prethodnu izložbu.。Tehnički aspekti poput poteza kistom gotovo su nepromijenjeni.、主に「構成」に対する考えかたなど、Mislim da su se nematerijalni aspekti stvaranja djela produbili.。Poštovani članovi、Još jedno istezanje、その方向でアップするよう頑張りましょう

前回展覧会から一年半、Mislim da je bilo mnogo promjena u pogledu zdravlja i okoliša.。Ako ništa drugo, mislim da su negativni aspekti sve češći.。Divno je što ste nastavili crtati tijekom ovog vremena.、情熱の燃え続けている証拠です苦しいこともあったに違いありませんが懸けた情熱と同じくらい、Možda je postojao i osjećaj mira i vitalnosti koji sam dobio od slika.。Dubina svijeta slika、Što više kopate po njoj, to postaje dublja i bogatija.。

Napisao sam na ovom blogu prije više od deset godina da je "usporediti sebe s drugima početak nesreće".、その思いは今もまったく変わりません。Važno je ne biti bolji od drugih、自分の可能性を深く深く掘り下げることなのです他人と比べるときは、Ne radi se o vještini ili reputaciji ljudi oko vas.、その深さを覗き込んで見てくださいWBC決勝戦の直前の掛け声で大谷選手がいみじくも言いました「(他人を)リスペクトするのはいいがそれだけでは(自分を)超えられない。mi smo sada、自分を越えるためにここにいる。(Samo za sada) Prestani me poštovati.、Usredotočimo se na kopanje。Idemo."。malo、Je li bilo pogrešno? Tako mi je zvučalo。

チャットGPT やってみた

編集中のビデオから

チャットGPTやってみた無料の体験版でちょっと古いバージョンらしいがとりあえず“触り”を体験してみた今回は話題の音声入力ではなくキーボードでの入力

実際にどんな風に試したらいいか初対面の人に何から話し始めたらいいか戸惑うのとそっくり同じ気持ちになった。Prvi、小学生が調べる宿題を出されたと仮定して「りんごの栄養素について、200字以内で書いてみて」とリクエストしたところ数秒!で100点満点以上の模範解答字句や文章にも不自然さはまったくないなるほど小論文程度の課題なら一発で満点ゲットだ

俳句などは得意だと聞いていたので春の季語で10句作ってもらったこれも数秒!だったが結果は散々俳句になっていない。u、五七五の音節に合わせるよう指示して再挑戦させたリズムは良くなったが俳句の概念がまだよく学習されていないことは判った(最近のバージョンで試しても似たり寄ったりの結果)
 「I can’t watch TV in my bathroom. この英語は変ですか?」と聞いてみたら『文法的には間違いではないが文脈としては不自然だ』という回答その理由として『普通はバスルームでテレビを見ることはほぼないから見ることができないという言い方の方がむしろ不自然。međutim、特別にそれが許されるような状況がありそのことが理解される文脈の中でならこのような言い方も受け入れられることはあり得る』となぜか英語で回答してきた内容は納得できる
 ついでに別の「言語→画像4枚」ソフトで言語を画像化するソフトも試してみた(これも無料の視聴版)「赤毛の少女がニューヨークの混み合った道の真ん中に立っている」と入力したらこれも数秒で4枚のそれぞれ異なる絵を表示してきたチャットだから「ここをもっと○○に」などとやり取りを繰り返せばどんどん自分の望む画像に近づけるだろう。Usput、わたしがこれから描こうとしているあまり具象的でない絵を言葉で入力してみたらどうしようもない絵ばかり提示してきた

以上が初体験の記特に画像ソフトに関しては画家としていい印象を持っていなかったが試してみるとこれは画家(特に具象画の)も利用するだろうと感じた絵の好きな人がAIに“オリジナル”を描いてもらえるだけでなく筆を持つ経験などなくても「画家になれる可能性がある」ことも分かったあらゆる意味で(人間には)もはや特殊な能力や才能は必要なくなるそういう世界が目前に現れてきた、Ja to govorim。いいのか悪いのかはわからない。samo、いいことだらけではなさそうだという不気味さを直感したのも確かだ

制作開始

Apple-海を渡る(制作開始)

6月のグループ展へ出品予定の作品(100号)本来ならとっくに仕上がっていなくてはならないはずなのだが尻に火が点き燃え始めおなかの方まで燻ってきてやっと腰を上げたもう尻は真っ黒こげになっているかもしれない今月末がデッドライン

テンペラで描き始めたエッグ・テンペラは鶏卵を糊(接着剤)にして色の粉を中に練り込みそれを画面に定着させる古典的な技法糊を玉子ではなく膠に置きかえれば日本画になるつまり日本画と材料的には親戚である。zasad、モノトーンでイメージを描きだしてみた

描き始めてみると100号はいかにも小さい個々のモチーフを画面に配置すると本当にちっぽけなものになる少し離れたら見えなくなるのではないかと思うほど。U međuvremenu、細部を描く段階まで進めば画面を広く感じてくるようになるが今のところはのびのび自由なフィールドだもう少しイメージの変化があるかも知れないがいろいろ検討する時間がない勢いのままに一気に描いてしまえればいい

初めは「Apple-ヴィーナス誕生」と仮題をつけてみたボッティチェリの同名の有名な作品のパロディをちょっと意識した波はやや北斎「神奈川沖浪裏」にも似た形象。ali、そこまでそれ以降は画面からの要求と作者の主張との綱引きになっていくそれが絵を描くことの楽しみだが急がなければならないのが残念
 ※ビデオ「桜を描く(仮題)」を今日3/17アップロードする予定でしたができない見通しですすみません“できるだけ早く”ということに訂正させていただきます