
私には姉がいた。私が生まれて半年後に亡くなったので、もちろん顔は知らないが、姉は私の顔を見たはずだ。2歳半だった。当時の田舎だから写真もない。母は娘の柔らかい髪の毛をひとつまみ、ずっと取ってあった(おそらく今も)。小学校低学年の頃、何かの時に母が見せてくれたのを覚えていて、それから何度か自分でも見た。
ペースメーカーは、正確な電気信号が届かなくなった心臓に、その人の身体活動に合わせた信号を正しく伝えるもの。それが今、自分の胸の中で私自身の一部として動き始めている。
ペースメーカー自体が動くわけではない。ただの冷たい(冷たくはない)機械だ。けれど私の肉の一部を切り開いてその中に埋め込まれた瞬間から、私と生死を共にする、私の特別に大切な一部分となった。この先、大事な大事な手、脚、眼、耳などでさえ、私から失われることがないとは言えないが、これだけは私が生きている限り、失われることはない。
夜、目覚めて何となく肌着の上から撫でると、まだちょっと痛みを伴って膨らんでいる。これまでのいろんな人や事柄の全てが関わって、文字どおり私の胸に飛び込んできた機械だ。大事にしなくっちゃ。
Ես զգում եմ, որ դա իրերի մեջտեղում ապրող «ես աշխարհում» իրականությունն է։、「ペースメーカー」という機械の名前でなく、自分で名前をつけることにする。仮に「葉子」と呼んでおこう。それが姉の名だ。2016/11/29