葛飾北斎と伊藤若冲

「奇想の系譜」展が東京都美術館で開催中だまだ見ていないがぜひ行ってみたい展覧会だ学生の時(今から44年以上前)本で読み以来ずっと私の脳の片隅から消え去ることがなかった一つの絵画論としての辻惟雄「奇想の系譜」私の秘蔵書の一つだが本展はこの本の「視覚化」だイメージとしては本の方が強いが見ない理由はない

昨年(一昨年?)若冲展があったが大評判になり長蛇の列のおかげで見ることができなかった見に行った人からの賞賛を聞いたり図録を見せてもらいながら「若冲なんてそれほどのもんじゃない」と改めて感じた人気はマスコミが作り上げた虚像だ

そう言うからといっても私は若冲の批判者ではなくファンの1人である多くの人がその名を知らない頃から私には「これが若冲だ」と言う好きな絵があった「群鶏図」若冲にはそれ以上の絵はないところが先述の「若冲ブーム」があってあたかも若冲が日本絵画を代表するかのような錯覚が(一時ファンの間で)起きている私も若冲は好きであるが北斎と並べようなどとは思わない若冲狂いには悪いが「格が違う」。ولی、違っていいのであるそれが若冲を貶めることには必ずしもならないことが若冲たる所以だと理解できない人は「若冲ファン」を標榜するのをやめた方がいい

曾我蕭白も楽しみだ彼などある意味「国際作家」北斎を超えている彼らの天才性を見るということは私たち真面目人間には真似のできない凄さを体感すると同時にそれが「私たちと同じ」人間のしでかしたことを見る嬉しさを感じる時間ではないかと期待しているところ

明日は来ない

「かもめ」(エスキース)

 先月末、3ヶ月ごとの腰の定期受診をした痛みもなくかなり順調に来ていた腰の調子がだんだん下降気味になって来ていたのでそのことを医師に告げると「筋トレの質を上げる」よう指示された確かにちょっとサボり気味だったその日から「質」を意識しつつ回数も増やすことにした

 具体的には一回ごとに筋肉に手を当てちゃんと力が入っているかを確認持続時間もきちんとカウントする程度のことだが時間は倍以上かかることになった忙しいふりをして適当にごまかしていたところをキチンとするそれを(今までより)心がけた今夜たまたまラジオで近畿大学准教授・谷本道哉氏の「筋肉は裏切らない」を聞いた「そうなんだー」

 明日から自分も筋肉体操やろう「そう思った人に明日は来ません」と彼は番組の最後に言った–そうなんだすぐやるか明日やるかが「心の老化の差」と直感した子どもの頃思いついたことやりたいことを明日まで待てなかったではないかいつの間にか「無理しない」つもりが体だけでなく「心」まで怠けさせてしまっている動物や植物など自然の生き物ががなぜ私を惹きつけるのかその理由にも思い至った

逸ノ城

大相撲初場所今日モンゴル出身の関脇・逸ノ城が負け越した今場所も横綱稀勢の里には当然のように圧勝し二人の大関にも毎場所堂々と勝っているのに、این است。初入幕の場所でいきなり優勝争いまでしその後はトントン拍子で関脇まで一気に進んだ横綱はともかく間違いなくすぐ大関にはなると相撲ファンの誰もが疑わなかった逸材である

身長もあるし体重は220kgと体格においては誰にも引けをとらない体格の割には相撲も器用で上手い。فقط、何故か自分と同等以下の力士との対戦の時にとてつもなくノロい感じがするテレビは持たないからラジオで聴くだけだが実況アナは見えるように話せるのでイメージを描くのに何の支障もないのだが逸ノ城の動きだけはどうにも見ないと想像できないラジオだけだと動物園の鎖に繋がれた象のようにボケーッと突っ立っているだけのようにしか想像できないのだこれだけ強い力士にそんなことあるだろうか

不思議逸ノ城は何を考えているのだろう大関横綱を倒した時のインタビューを聞く限り結構理知的な受け応え少なくともボケてはいない

خودشه、大阪なおみの全豪オープンテニス優勝して欲しい。هیچ、するだろう彼女には才能があるけれど逸ノ城にも同じように才能があるのに負けるなおみが勝てて逸ノ城は負けるそれは何故なのかそこに何があるのか興味がある