「試著畫烤香魚」已上傳。

一昨日この欄に書いた「焼き鮎」のビデオをYouTubeにアップしました。最近、チャンネルの視聴回数が激減中。1月末から2月に入ってどんどん加速し、1ヶ月の間に10分の1になってしまった理由はよくわからないが投稿頻度が影響しているのかもしれない

その直前までこれもなぜかは分からないが視聴回数が毎日増えていたので急上昇急降下という激変ぶりその原因として候補に上がるのは「投稿頻度」多くのYouTuber たちが口をそろえて言うのは「最低でも1週間に1本をアップ」「そうしないと激減する」を身をもって味わっているところなのかも知れない

ビデオの内容を少しでも良くしようとすると長くなりかつ時間がかかる。另一方面、ビデオは長くすれば「楽になる」。1時間の録画を50分にまとめるならほとんど編集しなくて済むがそれを5分にするとなると切り捨てる部分の選択にとんでもない時間を遣うことになる切り捨てた部分を何らかの形で補う必要も出てきて新たな写真や構成が必要になったりするそうやって短くしつつ内容をさらに濃くしようとすると(わたしの今の能力では)到底1週間では終われない。像那樣、内容を整理濃密にしようとしたせいで(そればかりでもないが)3週間以上アップできなかったその前も2週間以上かかった思いつく理由と言えばそんなところ内容が視聴者のニーズに合ってないのかもしれないがそれは自分では分からない

這就是為什麼、今度はなんとか頑張って、1週間以内に作ってみた録画時間は約1時間25分それを10分46秒にまとめたあと何本か、1週間に1本を目標に努力してみよう頻度だけが激減の原因かどうかは分からないがとりあえず一つのファクターの様子を見ることはできるかもしれない

平凡的“蘋果王國”

Apple-海を渡る エスキース

そろそろ晨春会(6月・春日部)展用の制作を始める展覧会は6月でも図録用写真の締め切りが4月の初めなので、3月中には作品を完成しておかなくてはならないこれはエスキース(アイデアスケッチ)今年はこんな感じで行こうかな昨年秋の銀座での出品作にCGで加筆している

パソコンというのは実に便利こんなエスキースもあと少し手を加えれば完成のイメージができてしまうあとは実際の材料を使って「実現」するだけだけど「手で考える」アイデアはパソコンとはちょっと違ういや全然違うそもそも歩いている道が違うのだ

草むらの向こうを人が右から左へ歩いているのを横から見る平行な道があれば横から見る限りそのどちらを歩いているのか区別がつかない。就是這樣的感覺。歩く人の顔の向きは同じ右から左でも道はだんだんずれていくたどり着く先は違うのだ手描きとCGはそんな風に違うとわたしはいつも感じながら(なぜか)CGに慣れようと努力しているそれが自分にとっていいのか悪いのかは判らない「直感」という名の賭けなのだろう

ここ2,3年の絵はこのスタイルわたしにしては珍しく(初めて?)固定されたイメージが続いているこれまで数十年いろんなスタイルをいろんな材料で制作してきた今思うのはどんな絵を描いてもそこに自分がいるならそれでいい、這意味著。個性的であろうと平凡であろうとそれはあくまで外から目線の“気ままな”「評価」“平凡”といわれようと自分自身にとっては「平凡」というレッテルなど気にしている暇はないのだ

試著畫“烤香魚”

「烤香魚」毛氈筆+鋸齒鉛筆

任何人都可以輕鬆獲得、我想知道是否有適合氈尖筆的題材?、我逛遍了超市,但沒有找到合適的。。沒辦法,只好買了「沙丁魚乾」。、3我在盤子裡放了大約一打。。「沙丁魚?」我認為這是一個非常酷的主題。、我一拿起鉛筆,就想起了——“冰箱裡一定有香魚!”。

當天結束時,我從H先生那裡收到了大香魚。、一定還剩下一些。有、有。有點霜、我把它放在油漆板上。。-沒關係。。儘管這對任何人來說可能都不是“容易”的事情。、與處理和展示藍鰭金槍魚相比,、它將屬於“任何人”類別。。生香魚也不錯。、如何用氈尖筆繪畫、光滑的、比黏滑更研磨、我認為勾號釘會比鉛筆更引人注目。。

目前、就像照片一樣。鉛筆和氈尖筆之間的對比無疑是生動的。。阿玉存在感很強。但、也許是因為我不習慣這種比較。、我不禁感到有些不舒服。。比米奧。作為圖片、鉛筆“畫太多了”。我應該畫得更流暢嗎?、(這是用B和H畫的)薄2H左右、要是能畫得更近一點就更好了。令人失望的。但我對自己畫的東西無能為力。。下次我們盡力而為。

當然這是晚餐的配菜。。增添了無情畫失敗的味道。、味道平淡。。*《燒香魚》的製作過程將於稍後在 YouTube 上公開。、目前正在編輯中。